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もしかしたら、トレーナーが組むメニューというのは、
・創意工夫がなされた種目、
・多くの種目や多岐にわたるバリエーション
をイメージされるかもしれません。こんなやり方は初めてだ、とプロを感じてしまったり。。。

しかし、私はまったく異なった考え方をしていて、ざっくばらんに言いますが、、、


「基本は、スクワット」
「でも、応用も、スクワット」

あるいは、

「ひとつの種目に、多くの意味合い」
「ひとつの種目に、他種目他動作へのエッセンス」


といったところでしょうか???


私自身は、ものごとをマクロに捉えていて、
先に森を見てしまうことで、一本一本の木々も見える感じ。
私のなかでは、バリエーションににぎわうよりも、
ひとつの種目に多くの意味合いを持たせることに、プロフェッショナルを感じています。

ですので、スクワットのバリエーションではなく、手を加えたスクワットではなく、
オーソドックスなスクワットに、数え切れないエッセンスが詰まっている。
たまにフロントスクワットやオーバーヘッドスクワットを(準備運動やらで)取り入れることはあるも、
それらさえも、オーソドックス。

でも、、、ほんとうの実用とは、こういうことを差しますし、
おなじみの種目なのに、やっぱり最高!!っていう動きや気持ちで行えるわけですから。
マンネリとは意味が違うのです。おなじみのコントに沸くのと一緒です。待ってました!って感じ。

それ以上に、、、動作が違いますし、その後の「軽さ」や「動きやすさ」も違うし、
変に疲れないのに、どこかかみ合った充実、というか。
自分が高まる感じや手応えのほうが、大きい。

結局、、、、


何をやるか、、、よりも、、、どうこなすのか


が大事です。



私はこれまで、テニス・アメフト・ゴルフ・バスケットボール・スキー・空手・キックボクシング・エアロビクス・ロッククライミングなど、私がやってことのないスポーツを行う顧客にたいし、数値を超えたはるかな実用性や効果を上げてきました。私がやったことのないスポーツで!!私が行ったウエイトトレーニングによって、多くの方が、「動きのヒント」をつかまれ、なぜだか動けるようになった、ということ。各種スポーツにつながる特殊な強化など、一切していません。それでも、変わっていけたのです。ほかの選手をよそに。。。

何が変わったのか???決定的なことを申しますと、「根元」が変わったということ。うちの選手が会話のなかで出てくるのは、「動作はシンプルなものだ」ということ。周囲が「細かい技術論」でにぎわうのをよそに、「もっと単純に考えればいいのに・・・・・」とそう私に話しかけてくれます。スクワットも100kg程度でしか行っていないアメフト選手が、2倍以上上げる選手にたいし、簡単に当たり勝ちし、むしろ相手のほうが自分で自分を弱くさせている、ぐらいの感想。60kg程度のスクワットでも重いと言っている男性中年アマチュアゴルファーの方は、簡単にドライバーで300ヤード超えをし、プロの選手にも勝ったり、アマチュア大会で優勝もされるなど、その方も同じことを言っています。「(身体に意識を置くようなややこしい理論をいうのではなく)単純に自然に立って、普通にスイングしたほうが、、、ボールは飛ぶから」。

重力というか、自然に委ねられたときが、もっともパフォーマンスが高まる、もっとも負担もなくストレスフリー、だと感じますし、考えていますし、そういう体験に、そういう観念の学習に「ウエイトトレーニング」を行っています。でも近年では、そのウエイトトレーニングでさえも、身体への意識だったり、ある特定部位に話題が集まった動作になったりします。そのウエイトトレーニングは不要だ、体幹トレーニングさえやってればいい、みたいに。。。

しかし、重さに委ねる動作ができたときに、いちばん巧く動けるものなのです。

ただ、、、みなさんが疑問に思うのは、重りを挙げる運動をやっているだけなのに、どうして「各種専門スポーツの動作まで、改善していくのか」・・・そこだと思います。重りを挙げたその動きが、どうして他の動きにつながってしまうのか???じつはもっとも単純でしかも自然(重力)の存在を体感できる最強ツールが、ウエイトトレー二ング。終わったあとのその軽さがすべてを物語っていて、じつは、どんなにふざけた動きをしようとしても、重さで自然帰化したそういう種類の動作になってしまうから!!

ですので、慣れ親しんだ専門スポーツで威力を発揮するのは当然のこと!!慣れ親しんだ日常動作(歩く、階段を上る、など)で威力を発揮するのも当然のこと!!身体意識で繕って、たとえば歩行なら、いちいち通りのガラス張りの喫茶店などを鏡にして動きをチェックしたり、みたいなことをしなくても、、、動きが叶っていて、もしチェックとしてそういうガラス張りを鏡に見立てて自分の動きを仮に見てみたとすれば、、、こう思うでしょう、「なぜだか知らないけど、、、良い動き」と。

それぐらい、、、委ねる力というのは、すごいのです!!あえていうならば、過負荷といって、日常よりも強い負荷がかかった状態で鍛えたほうが、こういった動きや知恵が実現しやすいのです。受け容れる対象がいくわかることと、筋に負担をかければ筋が育つことと一緒で、動きの知恵や感覚も、一緒に鍛えられていくからです。


ひとことで、動ける筋肉や強さ、ようは「実用性のある身体」を差します。

しかし、鍛え方ひとつとっても、スポーツ補強なのにボディビル風のトレーニングになっていたり、
健康志向なのに、ぜいぜい苛め抜くようなあらぬ鍛え方になっていたり、
第3者からみたときに、「じゃあ、何を目指しているのか???」と疑問も感じるときがある。

もちろんすべてが無意味ではない。それなりに効果は出ているし、満足してされていることですから、間違いとまではいわない。しかし、叶えることよりも鍛えることが目的になってしまうこの現状に満足したくない、一歩抜け出したい、痛みばかり・義務感や任務でやっているそこから抜け出したい、そんな方も少なからずいらっしゃるはず。今回はそういう目線にターゲットを絞ってお話しようと思う。

あえてここから切り出すが、ボディビルをされる方が、ボディビルトレーニングをされるのは、彼らにとっての「使える筋肉」だということです。ポージング動作ひとつひとつとっても、各筋肉に指令や意識を研ぎ澄ませ、絶妙にセパレートを浮き立たせたり、パンプアップさせたりします。これにはそういう感受性が必要。だから、彼らにとっての「使える筋肉」「使える筋力」となります。

では、そうでない場合。見せるのではなく、実用性での話。見た目がすべてじゃない、って話。
そういう目的なのに、同じようにボディビルトレーニングをされていていては、使える筋肉とはいえませんね。つまり、動けてナンボ。負担がなくてナンボ。軽く心地よくてナンボ。スムーズでナンボ。そのうえでの見た目です。

動けたときには、バランスよく筋肉はつくもので、
動きの質に見合った身体になる。当然凝りもケガもなく、スムーズになるもの。
そういう動作で鍛えるのです。いえ、、、重りは、そういう動作で扱うものだったのです!!

「力が強いからスムーズ」なんじゃなく、「動けるからスムーズ」
・・・・ここを間違えてはいけない。


こういった強化において、基本となる定義があります。

それは「力に頼らない動きで動けている人が鍛えるから、ますます動ける身体になる」ということ。
この時点で何らかの力みや変な癖などがあれば、それがなくなったほうがいい。
でも、そこに気づかず、力任せに鍛えてしまい。。。。そういう結末に。。。。

普通は(普通といっていいのだろか???)
筋力を鍛えるために重りを扱うものだ、
過負荷を与えることで、逆らう筋力が発揮され、それが鍛えることだ、
と思っているでしょう。

だからますます・・・・・
これが「成果が出る人だけが成果が出て、そうでない人がいまひとつ」という理由。

しかし、、、

ウエイトトレーニングこそ、
正しく行うトレーニングこそ、、、
脱力と調和を育むもの


だから、、、できる人と同じ土壌に上がれるのです!!そこにほんとうの魅力があるのです!!

重力は、敵ではなく、攻撃をしかけているのではなく、
「私を受け止めれば、あなたの望みを叶えますよ」
そう言ってくれているようなもの。

素直に自然に対し、甘え、降参してしまうことで、自然からありがたいギフトを授かるのです。


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でもこちらがそれを認めず・受け容れず・許さず・信じないから、それ(重力)が攻撃のように移り、
「じゃあ、、、筋力をつけて」「じゃあ、、、身体意識を施して」
これって、、、おかしいでしょ???ってなことを普通に多くの方がやっているのです。

われわれも自然の一部。信じ合い・認め合い・許し合い、受け容れることで、
“本来あるべき姿”が呼び覚まされるのだと思います。
こうしてできた(最低限にしか使われない)筋力のことを、私は「使える筋力」と定義しています。

【参照】過去に書いた使える筋力の記事


2015.04.03 ケアのコツ
ストレッチなどもケアのひとつですが、
そもそも負担がかかったり痛めたり硬くしたりするいちばんの原因って何でしょうか???


ずばり、、、動きです。


筋肉をいっぱい(高い百分率で)使っちゃった!
ってことが原因です。



すると、こんな声が聞こえてきそうです。
「動作って、筋肉を使うんでしょ???筋力で動くものでしょ???」
では逆に質問します。
「ほんとうに動作は、、、筋力だけで成り立っている、と言い切れますか???」



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「トレーニングがコンディショニングになる」
というのも、うちのウケウリのひとつです。しかしその理由は、、、


筋肉に頼らない動作が会得できるから
(その上で筋肉が自然とついてきます。やわらかい質のいいものが)


これが、、、以前も触れた「リフティングとビルディングの違い」です。


ストレッチをしてみて「硬い!」ってことは、その動きに問題がある、筋肉使っちゃった、という判断。
これが私の判断です。いい動きであれば、それ自体がコンディショニングになる。
ストレッチという「動作」がスムーズになる。そんな感じです。



指導を受けた方ならわかる話、、、私、恐ろしい観察眼でしょ???見てないようで(笑)。

つまりそれだけ「無駄のない調和した動き」を知っているせいか、お客様の動作ひとつとっても、
「どこでどのタイミングで、余計な筋力を使ったのか、余計な動作が入ったのか」
が、“見てないようなのに”すごく敏感に自動的に“見切って”しまうのです。これが結論です。

ウエイトは、人を熟練してくれます。
つまり、熟練とは、余計な筋力や余計な操作で、ますます鎧を何重にもまとうのではなく、
・これら鎧が日々剥がれ落ち、無駄がそぎ落とされ、必要な分だけが残ること
・その残った必要な分にたいし、さらに磨きをかけていくこと


調和された理想の動作、アシスト感ある動きになっていく。
しかし、それだけではないのです。これは他動的な効果ですが、
動きにどこか無駄な部分があれば、意識せずともそれに気づいてしまうのです。

つまり、、、「そこしかない、、、」という動きに常に自動的に気づいているのです。
意識や感覚を研ぎ澄ますことなく、できたできなかったの区分ができてしまうのです!!
これを、「動きの絶対音感」と自分は命名している。

それだけ「予備知識のない」「鎧が剥がれた」素直な動きだからなせる「究極の判断力」
つまり、、、無駄のない総合力・潜在的な究極の知恵です。
そして「重り」は、、、どなたにも「それ」を引き出してくれる「魔法使い」なのです!!

正しいウエイトトレーニングの一番の効果やマクロな効果は「そこだ!」と私は言い切ります。

しかも、、、絶対音感である以上、、、、、ジム内だけでしかそれが伴わないのではなく、
ジム外、つまり日常の歩行から、スポーツ・練習の段階にいたるまで、
この絶対音感が着いて回るのです。これが実用性の正体!!


「あの動きなら絶対音感が働いて、この動きならそれが働かない」・・・そんなことありえませんし。
そうだとするならば、きっと考えすぎて余計な何か(意識や操作など)が働いてしまったのでしょう。
それぐらい「シンプル」なものなのです。迷いが一番の大敵。ほんとうの敵は自分の心。そういう話。

また、そういう動作が自動化して日々過ごすわけですから、
そう動いたとおりの「理想の身体」「素晴らしいコンディション」にもなる。
良い動きが自動化するわけですから、負担もなく、ストレスフリー。流れも良く、温かい。健康そのもの。
太りにくく代謝も活発。それだけ調和していますので、自立神経系も整うことでしょう


この動きの絶対音感は、
脳まで喜ばせ、人をシンプルにストレスフリーに健康にさせる万能薬なのです。
すべては、「そこ」だったのです!!