先日と同じ動画。瞬発力養成だとされていますが、、、
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重りの扱い方だけに照準を縛りますが、、、
でもこれは、重りの扱い方だけではなく、あらゆること通ずるのではなかろうか???
と感じています。



いちばんのコツは、、、



敵を作らないこと



ようは、闘わない。争わない。戦いのリングから降りる。



でもこう申すと、たいていはこう考えるでしょう。
「じゃあ、、、嫌でも我慢するの???」
ばっさり切らせてもらいますが、我慢するぐらいだから、すでに敵だということです。

でもまた、こういう風にも考えるでしょう。
「じゃあ、、、我慢して友好的になるの???」
我慢するぐらいだから、本心は嫌がってるということです。

仲良しごっこは一番疲れるでしょう???
我慢ごっこでしょうから。。。



重りに関していえば、闘えば闘うほど、感じる重さが増します。
闘わないことが、いちばん軽いのです。
それが「関係性」といわれるもの。

敵が生まれ、支配被支配、勝敗が生まれる。
でもこれらは、両者がワンセットで生まれます。
でも、どうして闘ってしまうのでしょうか???



それは、、、自分を否定してるからです。自分への肯定が足りないからです。
言い換えれば、自分に厳しいのだと思います。
そして、自分を見る目線と同じ目線で、相手を見ます。

つまり、敵は他者だけではなく、自分にたいしてもそうなんです。



明ちゃん体操のふたつめ。闘ってないのにすいすいと。。。
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重くなっても、表情や動作が一緒。
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重りだって例外ではありません。動画を見ていかがでしたか???
自己否定が限りなくない心地よい感じがあると思います。
重りも敵にしないし、自分も敵にしないのです。

相手を闘う敵だと見なす。それ以前に、自分を敵にしている。
それは、自分を肯定できてないから、相手も肯定できないのです。
相手を信用できないと感じると同時に、自分へも信用できてない、ということ。

また、自分への信用が足りないから、
他人軸になって、被害者意識になるのかもしれません。
「お前がやった」「お前が邪魔した」「お前が攻撃した」

あるいは、うまくいくには、こんな生ぬるいのではいけないんだ、とか。
あるいは、ゆっくりじゃだめ、一気にできなければ、とか。
プロセスを喜ぶよりも、ゴールから見た自分を否定したり。。。

やられた側受けた側は、「闘う」か「逃げる」しか判断できません。
原始的な脳による判断です。でもこれがもっとも強烈なインパクトとして記憶に残る。
鍛えるってそういうことなのでは???と疑わないのも、そういう影響かもしれません。



では、、、自分への肯定を増やすには、どうすればいいでしょうか???



自分軸で感じること。自分を満たすこと。自分をいたわること。などじゃないでしょうか???



重りには、わかりやすく重力が働きます。
これを我慢して「重くない重くない・・・・」っていうのがすでに闘い。わかりますね。
我慢せず、「これが重さか~」「重いんだね」「そうだね」と感じること。受けること。いたわること。

これが「自分を肯定する第一歩」です。

そういう肯定癖が、未来を作ります。小さな「できた」が、次のできたへと加速させます。
自分にたいし友好的になり、重りにたいしても友好的になります。
やがてひとつの関係性ができあがり、
重りの重力によって動きがアシストされてしまう、という関係性へと発展します。

自立という意味です。
ようは、、、「闘わなくても、動けちゃう」という自己肯定です。
罪悪感なく、認めてしまえる感じ。許せてしまえる感じ。

闘うから、、、争いになり、争う手段ばかりが強化されます。争えば、傷跡も残ります。
原始脳の強烈な記憶になります。
でもほんとうに強いのは、そうやって感情的になったり、感情を消したりすることではなく、

感情を豊かに出す

ということ。「闘って勝つから嬉しい」「打ち勝てて重量が上がって嬉しい」というのではなく、
「闘わず叶ってしまう」
「頑張らず頑張れてしまう」
そういった嬉しさ楽しさ心地よさ快適さ不思議さ。これこそ重要ではないでしょうか???



(他者や自分と)闘う時点で、自分の価値を下げています。
自分の価値をもっと高く設定し、感じることに長けていけば、
頑張り方も変化していき、友好的で、かつ自分に一生懸命になれる。ベストが尽くせる。

そう、、、自分に一生懸命であること(自分への肯定)が、友好的につながるのです。
自分を我慢した仲良しごっことは、天と地ほどの差です。



本当の体の使い方とは、、、
本当のトレーニングとは、、、



争いや我慢に備えたものではなく、



争いや我慢というリングから降りるためにある。



そこに一切の罪悪感を持たないこと。
できてしまって、、、いいのです!!





幸運体質の作り方



思うんです。。。

体と心は、、、つながっている。
心のリラックスは、体のリラックスであり、
体のリラックスは、心のリラックスでもある、と。

力んでいると、
余計ながんばりを強いてしまいます。
余計ないばらを作ってしまいます。

先のリンクでは、、、
「力みの原因」と「うまくいかない原因」とが一致するかも???と述べた。
それで、その力みを取る気持ちの面からのアプローチを述べた。

動画をご覧ください。

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リラックスが、、、動きの良さ(難なく挙がってくれたこと)を実現します。
その動きが、、、良いコンディションを作ってくれます。
リラックスが、、、動きとコンディションを「実現」させます。

リラックスは、、、、実現させるのです。。。

ですので、、、動きができているのなら、、、気持ちも、その動きのようにしてみます。
しかもその動きは、いばらでこしらえた思考や力み満載の動きではなく、
リラックスによって単純化できた成功例や模範例。

うちのお客様でも、、、多くがこのように単純化して心までリラックスするから、、、
思考癖を取っていくから、、、うまくいくのです。そういう人がうまくいくのです。
表情も豊かになり、ほぐれていき、温かくなっていきます。

できたものを穿り返したりせず、リラックスして安心しきったときに、、、ギフトが得られます。
体のリラックスは、心のリラックスです。
でもその心が力んでしまえば、、、体もリラックスが台無しになります。

表情も良くなるし、気分も良くなれば、、、
学習意欲も増します。学習習得がうまくなります。
みためにも好印象になります。
気張らない、自然なポジティブになっていきます。

体のリラックス。心のリラックス。ようは、リラックスは、いろんなものを実現させてくれます。


・・・
・・・
・・・



さあ、、、この幸運体質を、、、どのように活かしましょうか???




私が動けば、、、運動の価値観や先入観まで変わってしまうのです。

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最近、こういうことに気づくようになりました。
「力みの原因」と「うまくいかない原因」とが、「一致する」と。
「力みの原因」は、私のなかでは「ふたつ」だと感じており、、、

ひとつめは、、、思い込み。

もうひとつは、、、他者目線。

その思い込みの中に、他者目線も含まれることもあります。

思い込みとは、過去の経験も含め、自分で自分を縛ってること。
他者目線とは、世間体。常識。通念。それらに支配されることも含めた思い込みのほか、
「相手に勝たなければ、、、」逆に「相手に負けるのでは、、、」



お客様が運動効果に手応えを感じ始めるとき、、、

それは、、、

「自分の感覚で」体得できたときです。
「自分の感覚」で、「これでいいんだ」と感じられたときです。
「自分で自分を否定しなくなったとき」です。

それぐらい、、、力みはしつこいのです。
でも、、、ほんとうは、、、うまくいく人は、、、
無意識でのネガティブ願望が少なく、意識でこうしたい、と思うとおりの無意識になっている。

力が抜ければ、、、解放される。嬉しい。
でも無意識では、、、「他者目線」が襲い、「思い込み」がブレーキをかけます。
これでいいんだろうか???限られた人しかできないのでは???うまくいっていいのだろうか???
でもこのとき、、、「自分主体で」感じられていません。

だから、、、運動で、、、「自分主体“を”」「感じて」いく。「自分主体“で”」「感じて」いく。
そして、、、「できた範囲」の「幸運」を「信じていく」
その「幸運」を「当たり前」にしていく。

だから、、、継続が大事。

私でも、世間と違ったことをしてますが、でもやっぱりぶれないのは、、、
自分を信じてますし、それでうまく行ってるから。何より、自分で感じられたから。
うまく行かないときは、、、私でも、、、力が入っています。
ものごとを思考して、シンプルなものに添加しようとしたとき、力が入ってるものなんです。



でも、思い込みや他者目線は、急に抜けるわけじゃないし、無自覚に侵されてるものだから。
また、仮にできたとしても、、、また疑いが生じて、、、力んでしまう。頑張ってしまう。。。

ついついライバルを他に向けたり、自分に向けたりします。
戦うことが生きがいみたいになってしまう。勝つか負けるか。
では、自分で感じる。自分を感じる。じゃあそれには何が必要でしょうか???

重りを持っても、力んでしまう人。戦ってねじ伏せようとする人。依存してラクをする人。
素直じゃない人が無心になれるのは難しい。とくにトレーニングでは戦うことが目的になりがち。
無心になること。それが私の究極です。リラックスして感じられれば、普通はうまくいくのです。
でもまた疑いが出る。あるいは、学び始めは疑いが出ることもあるでしょう。

これは、、、解決できないのでしょうか???
やりこむしかないのでしょうか???





それには、、、過去の自分と今の自分を認め、感じ、許し、愛することが有効です。

力みは、結局、、、自分を否定してるから、起こるのだと思います。
リラックスしてるとき、、、自分を肯定できていませんか???
だから、、、自分を肯定してあげること。それは、プラスの自分もマイナスの自分も。

他人をライバルにしてては、自分を癒してあげられていませんし、
自分をライバルにしてては、我慢を強いてしまいます。
それは結局、、、自分を否定してることが始まり。このバランスを変えることです。
シーソーがほんの少し反対向き(ポジティブ側)に傾けばいいのです。

だって、かつては、力むことでしかできなかったし、それが最善の方法だったんでしょう???
かつてのできる限りのことを頑張ったんです。よくやったね。。。認めてあげてみては。
数値分には結果が出たが、それ以上にはならず、ケガもした。どうでしたか???
悔しかった。。。つらかった。。。傷ついた。。。我慢せずに、認めてあげれば。。。

それでも今まで、なんとかやってこれたわけでしょう。。。もう運動ができないのではなく。。。
つまり、そこまでひどかったにもかかわらず、よくここまで頑張ってこれたわけなんです。
しかも、今でも、、、頑張っている。このことも認め、愛してあげ、肯定してあげれば・・・・・。

・・・・・・

自分を肯定できず、否定するのは、自分に対するもっとひどい仕打ちかもしれないんです。
自分にやさしくしてやれなかったことで、、、今も引きずってしまうのではないでしょうか。
今なら、自分にやさしくできる。ほんとうによくやってきたよ。そして悔しかったな。。。
でもそれでもやってこれたなあ。。。そして今も頑張っている。あるいは変わろうとまでしてる。

ようは、、、どんな自分であっても、その自分を否定しないこと。愛してあげること。

・・・・・・



でもこうして「私の動き」ができたようなものです。
お客様も、こうして自分を否定しなくなったことで、劇的に変われたのです。
いえ、、、変われたときは、、、そういうものなんです。

そして、できる範囲から、1%のその手応えから大事にしていくこと。そして、それを肯定すること。
いえ、、、過去も今もマイナスを肯定できた今なら、、、自分を肯定しやすくなります。
つまり、、、リラックスしやすくなります。

「あの頃が何だったんだ」と振り返るときは、その頃をいとおしく包んであげて欲しいです。
ついつい力んでしまったときは、、、うまく行かなかったときは、、、それこそ肯定しよう。
そういう過去を包み込み、肯定してあげ、今ここまで良くなったことを肯定してあげればいい。
私の指導が基本、「褒める指導」というのも、、、納得でしょう。。。

(デッドリフトよりも、クリーンのほうが、、、それが感じられやすく、私は気に入っています)
そういう動きだから、、、そういう機能性になり、、、そういう体質になる。
つまり、、、機能的でストレスフリーな体質。動ける体質。健やかな体質。
それが“自然と”実現します。

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自然と、、、実現します!!




実現するときは、、、自然と!!なんです!!




本編はこちらです。
先にこちらから読んでください。



さっき、この編に加筆しようと思いましたが、やめて、新しい記事にします。
では続けます。



「動く」「運動する」というただの発散で終わるのではなく、
奇跡の実感を自分で感じるのです。つまり、、、根本入力が変わる感じです。
「他者ベクトル」から、「自分ベクトル」へ変わるわけですから。

重さを実感し、その実感が動作を実現させ、マジックやハッピーを実感します。
自分ベクトルになったとき、他者ネガティブも、もしかしたら自分次第とか、
案外シンプルになってきたりするかもしれません。

ネガティブなものはほんとうに気分を害するけど、
それに囚われている自分もネガティブになってるって、
案外、、、感じてないんですね(笑)そういうこともわかるんです。。。自分談。

たとえば、、、
家庭で依存されてる人が、会社では上司に依存しまくってる、みたいな
どこか「鏡の法則」のような。

やはり、、、こういう運動を生んだ私こそそうですが、
それをやって「自己実現」できたことで、自分の価値が上がると思うんです。
「頑張らなくても、、、できるんだ」「はじめから、価値があったんだ」

私には、価値があるんだ!!豊かや幸せになる価値があるんだ!!

いちばん求めてるのは、そこだと思いますし、
それを取り戻すために生きてる。
価値を大いに感じ、活かすために生きてる。そう思うのです。

「好かれるよりも、こちらから好きになる」「愛されるよりも、こちらから愛する」
後者のほうがよっぽど豊かですし、
前者だと相手次第でがらりと変わるぐらい、ぶれています。

自分の価値を感じられるそういう目線になれば、、、
自分を見るとき、他者を見るときも、何かが変わるかもしれないな。。。

自分にもっと、、、やさしくできるかもしれないな。。。自分と戦わなくも済むというか。
また、他人へも肯定的な声がけになってたり、
でも同時にそれは、「自分の価値」を引き上げてたり。

自分に肯定的になれた目線で、自分に対するのと同じ目線で、相手を見ますから。

かっこつけはネガティブ。そう先日申したように、謙遜もそうです。
自惚れとは違い、自分の価値を素直に認めることも大事だと思うんです。
「私もそこが自分の良いところだと思ってたんですよ」
(褒め言葉にたいし「いえいえ、、、」ではなく)「ありがとうございます」みたいに。。。

こうして自分の価値が上がってくる。長所をもっと認めたくなってくる。

心理の法則では、「そこに注目すれば、それは加速する」
つまり、欠点を直そうとそこに注目すれば、かえってその欠点が加速する。
長所を認め、長所を楽しめるようにしたいね。。。

また、欠点は長所の裏返し。
無口で非社交的なら、自分に集中することに長けている。
大人や常識になじめないなら、それだけの天才肌ってことも???
もし論理性に欠けるなら、それだけの芸術派ってことだよ。。。(私のこと)

(でもその芸術性を信じきることで、論理性という一本の軸になるものだと思います)




たかが運動。たかがトレーニング。
でも「実感」という「自己実現」は、そこまでの可能性を、大いに秘めている。
そう感じてなりません。




私でも、、、みなさんでも、、、常にポジティブであることは、困難だと思うんです。
こういうときに、、、ポジティブにしてくれたり、癒しになってくれたりする。
そういうワーク。そういうレッスン。

「力を、、、入れない!!」
「踏ん張らない!!」
なのに、、、なぜか、、、軽く挙がってしまい、、、
終わったあと、、、鍛えたあとなのに、、、ものすごーく軽くなっているんです!!

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世間という他者からのベクトルになった思考に陥り、ネガティブの堂々巡り。私でもあります。
でも、、、そういうときに、、、こういう運動が、、、ひとつの手助けにもなってくれます。
やさしい運動。脱力の運動。感じる運動。動きや軽さが実現してしまう運動。

心の状態は、体や動き(かたち)に表れ勝ち。
基本的にネガティブなものを感じれば、気分を害し、心も体もどこか硬くなります。
その硬さを、体から取ってしまう。ポジティブ実感することで、気持ちも軽くさせる。

つまり、その(かたち)ひとつで、気持ちもがらりと変わる。
感覚って大事。。。感じることって、大事。。。
その体の状態なら、心だって「認める」ができやすく、「心の軽さ」にもつながりやすい気がする。

その「運動」は、「我慢」で「力んで」やるのではなく、
こういった自己実現は、、、人の心を豊かにしてくれます。
考える前に、、、実感が、大事です。

体も心も、、、ポジティブに。。。
嬉しさや喜びいっぱいに。。。
癒しやほのぼの感であふれるように。。。

「やる最中が、、、心地よく」
「終わったあとなのに、、、前より疲れが取れている」
と、私だけじゃなく、お客様の声からも。。。