スポーツ補強との名のもとにあるそれである。

私の結論からいおう。



そんなものは存在しない!!



存在するのは、残念ながら「ごっこ」でしかありません。
一見追求したかのように見えるのですが、じつはうわべでしかありません。



うまくいかない理由は、動作の質が「退行するから」です。

ますます「力任せ」になり、本来のスポーツとは遠ざかるからです。
実用性のない種目別筋トレ(呼吸の合っていない自己本位な筋力動作)となってしまう、ということ。
筋力に頼る技術が学べてしまうのですから。動きの質が低下する技術が学べてしまうのですから。

「点」と「点」を結んでできた「線」は、じつは「元々あった線」ではなく「むしろいびつな線」
はじめに「線」を見つけるべきで、その「線上」に「点」がいくつもあるものなのです。


なんとなく感じたでしょうか???

このスポーツ動作の関節運動に類似した筋力強化を行えば、一見工夫したように思えても、
じつはますます筋力に頼ってしまうこととなる、机上の空論になってしまう、ということです。
もはやスポーツではなくなってしまう。それが「壁」の秘密です。
(ついた筋力分は向上しますが、動きはどんどん退行するわけです。負担も大きい。ケガもしやすい)



強化や補強は、うわべの筋力強化ではなく、動きの総合性や動きの質にあるのです。



覚えておいてください。強化とは「筋力に頼らない身のこなしが土台」
それができた人が強化するから、強化が活かされるのです。
だから、、、変わっていけるのです。

そして、もうひとつ。
ウエイトトレーニングは、筋トレではなく、いちスポーツ。
総合力を学ぶ手段。土台の確認手段。土台を高め、ステータスを高めるもの。




固める・意識する・神経を興奮させる・・・だの、「動きのシフト」を誤ってはいけない。

・固めない真のバランス
・神経系ではないスピードやパワー
・意識や指令ではない技術や身のこなし


あとは「その線上から」点が見つかるわけですから。。。。これが、ほんとうの実用性です。


うちではパワーリフティング3種目(スクワット・ベンチプレス・デッドリフト)や、
人によってはクリーンやドロップスナッチなどウエイトリフティング要素も取り入れたり、
部位別トレーニングは最小限で、あくまで「基本種目」で構成されています。

しかし、、、「動作の質が違う」ということ。



その総合性がいつしか架け橋になってしまい、その専門スポーツなどのパフォーマンスが、



「特化した工夫をしていないのに、なぜだか知らないうちに、、、、、できちゃっていた!!」



おかげさまで、その域を体得された方を多く輩出させていただきました。
でも、そう感じたあなたが正しい!!それぐらい身体は賢い。
こういうことを現場で行っています。



どうしても疑い深く感じる方は、こちらをどうぞ



2014.03.25 速さを求めて
力んでしまう。。。



よくあることだと思います。

速さを求めて速くなったとしても、あきらかにワンテンポ遅れているような気がして、
伝わってないというか、もがいてるだけ、というか。
速さこそ、指令するものじゃなく、自然発生するものじゃないか、と感じるぐらいです。

それ以上に、「ながれ」や「早さ」(この漢字)だと思います。

これは数年間にも例があって、その人はゴルフですが、
みためは遅くみえても、実際に機械で測定したら、周囲をよそに彼が一番速かった、という例もあるぐらいです。でも、見た目が遅いから、周囲から余計なアドバイスを被る、とのことです。。。

ユーチューブの動画でみましたが、あるテレビ番組を録画したものだと思いますが、
プロ野球元広島の、多くが認める天才バッター前田選手も、バッティングに関しておっしゃっていました。
「遅いぐらいで、ちょうどいい」と。

大事なのは、ながれやリズムであって、協調や交友であって、指令や自己本位ではない、ということ。
できる、叶う、という安心感であって、打ち勝とう、戦おう、ねばならない、ではない、ということ。

それを教えてくれる「ウエイト」
それが損なわれる「筋トレ」
ということです。やってることは同じでも、やり方や思考で大きく変わります。

遅いから、速い動きに対応できない。
これが、筋トレ風思考です。
遅くても、いつでも速くできるながれがある。
これが、ウエイト風思考です。


動きの改善・自然化・帰化という即通もあるということです。


ウエイトトレーニングにおいて、重りを扱う際に多く出る質問のひとつ。
それが、、、


「どういう速度で動かしたらいいんですか???」という質問。


今回はこの議題で話を進めます。

一言で論理で片付けてしまえば、
「目的によりけり」で速度は決まる

しかしこれでは、
「“見えない部分がもみ消された”見える化」
でもあるのです。

そのもみ消しを暴けば、こういうことになります。

×わざとらしくゆっくり動かしてぷるぷる力んでしまったり、
×わざとらしく速く動かして力んで硬かったり、
×出だしを勢いよく゛ぐっ”とか“どふっ”とか、実感あるも、皮肉にもじつは二段モーションだったり、
×速く動かす工夫なのか、負荷を交わしてかくんと乱れ後手後手になって代償で発揮させてしまったり

力も速度もあるのに、
当たり負けするとか、ワンテンポ遅れているとか、硬いとか、負担が大きいとか。
そう、目を瞑ってはいけない部分なのです。


ではその見えない部分を紐解いていきましょう。
うちはひとつの好奇心で「あり方」で常にみつめています。
結論から申せば


速度は「自分で作るものではない」

自分で速度を作らなくても、
(同じ動作で)速くも遅くもできる自在性がある

これが真実だ。


具体的にいえば、、、



重りの速度に合わせるだけ



そう、、、重りとの呼吸だったのです。でも難しくはありません。
受けるというだけで、力の方向や速度がすでに「用意されている」ぐらい!!
受けるだけで、「レールが敷かれてしまう」・・・・・正しく行えば、そういう実体験が味わえます!!

しかも、呼吸が合うということは、ある一定の「保存」という器のなかで「自在性」を持つ。
つまり、、、合うか合わないか、が大事で、
究極のことをいうと、遅い動きで鍛えていても、速い動きのコツが鍛えられている!!
もちろん、速い動きで鍛えることもできます。(保存の範囲で/その最速が、ウエイトリフティングの動きなど)

私の指導経験上、実際に速い動きとは、もっとやわらかいもの、静かなもの、のはず。
ただ、保存が乱れるから、下手な神経系で速くしたり、小手先の意識で固めたりするのでしょう。
だから、、、変に実感ばかりある。。。。この実感、、、すごい誤解ですもんね!!


大事なことは、、、「受ける」ことです。「受けた」ことで「何か」が掴めてしまうのです。
それぐらい、重りは、身体に教えてくれています。どなたも身体は賢いのです!!
動きには、「絶対音感」のようなものがあるということも、正しくやればきっと感じられるでしょう。


速さを求める前に、みつめる目線があるのです。筋トレではなくウエイトとしての「何か」を。
そのヒントが、重りというヒントが、与えられている。それが「ウエイト」です。