普通は、自分を変えなければ、変わらない。効果が出ない。そう思うもの。
そうやって、筋肉をつけ、筋力を強化し、動作法まで会得し、自分を変えてしまう。
しかし、、、御幣を招くかもしれませんが、、、



私は、、、あえて、、、自分を変えてはいけない!!と申してきたのです。
[広告 ] VPS




ダイエット目的なら、食習慣の乱れを改善しなければだめじゃないの???
筋肉つけて代謝を高めないとだめじゃないの???
そういう罵声を感じます。

しかしですよ。。。もしその食習慣が乱れているものだとして。
でもそれには「理由」があるわけでしょう???
これってようは、、、「自分が変わってしまったから」でしょう???

動作も結局、、、その力んだ硬い動作は、、、
余計なものをいっぱいつけてしまって、自分が変わってしまったのでしょう???
そうなる「理由」があったのでしょう???

そうなる「理由」があるんですから。。。

それをまずは、、、「認めてみる」と、どうなるでしょう???



「そうかそうか、、、そういう理由があってそうなってしまったんだね。。。仕方ないよ」
「だってそれだけ色々なことがあったんだから、ムリもないよ。そうかそうか。。。」



おそらく大多数は、、、それさえも認めず、我慢をして頑張ってしまいます。
ようは、、、人として肝心な「感じること」を「避けて」しまう。。。
感情や五感を感じないようにしてしまう、ということです。
感じなければ、痛みも苦痛も感じない。。。これってすごく怖いですよね。。。

でも、じゃあ感じることを強いなければ、、、とすると、それが義務になり、窮屈になる。
その「感じる」は、もしかしたら「考える」を基準にした「感じる」になるかもしれない。
つまり、、、「自分が変わってしまう」「自分を変えてしまう」



ほんとうは、、、どんな自分でも肯定すること。



そしたら、、、どこか軽やかになって、、、
感じられる体にもなっていくでしょうし、リラックスもできてくる。
つまり、、、等身大の自分になれる。。。



うちは、、、リラックスによって、その「感じる」という部分を強調してきたのです。



便宜上「変わる事が大事」と謳ってはきましたが、、、
実際は、、、「変えてしまった自分を取り戻す」というか、、、
ようは、、、「自分を大事にして、変えない。変わらない」

加筆すると、吸収の仕方も人それぞれ。
他人と比較するものではない。そういう意味でも「変わる必要はない」
目に映ってしまった短所は、じつは長所の裏返し、ということもしばしばある。



「こうしなさい」「ああしなさい」だけではいけないし、
自分からそれを強いてしまうのも賛成できない。
一発屋の成功になる。犠牲を負ったものになりかねない。

ほんとうは、、、いつまでも成功してる姿でありたいですね。。。



そもそも私の動作は、、、子供に還るような動作です。
だれしもそれを持っています。
これ以上、、、自分を変えてはいけないし、素直に感じること(実感)は誰しも必要。

かといって、、、幼児化を目指して「変わる」わけでもない。
自然体を「作ろう」、、、ではないのいです。



変わらず、素直に感じるだけで良い。。。(自分を)肯定するだけでいい。。。



そう思えてなりません。。。





努力は大事だと思います。
ですが、ムリはいけないと思います。
つらい。苦しい。我慢しなさい。そういうのを努力というんじゃなく、
自分の心に寄り添う感性を磨き、信じ、貫くことが、努力だと思います。

どこか、頑張ってしまってる、と思ったら、
私だったら、「それは、おかしい」と感づきます。
運動にしかり、食事にしかり、です。

そして、以下のこういったトレーニングや、さまざまな動作におけること。
重力を信じ、感じさえすれば、、、
たいていの動きは、普通にこなせるものだと思います。



[広告 ] VPS



こういうウエイトトレーニングは、重力を感じるトレーニングです。
同時に、重力に歩み寄るトレーニング。ながれの力を拾うトレーニングでもあります。
ようは、、、言葉を悪くいうならば、、、うまいサボり方を会得する。
ようは、、、良い表現をするならば、、、うまい頑張り方や理想の努力を育む。



頑張った感・きつかった感があれば、、、
寄り添えず、苦しいものだったら、、、
それが苦しいという気持ちが正しいと思う。

だったら、、、

頑張った感のない自然でスムーズな動き
寄り添う調和ある自然な動き
それを会得しながら体に刻んでいく。



自然は、、、私たちの味方です。
でも、、、こちらから攻撃したり、過剰に警戒したりするから、強敵になってしまう。
強化の意味合いを、間違ってはいけないと思います。

敵にして「打ち勝つ」「過剰に警戒して守る」のではなく、
味方にして「調和していく」
もちろん、、、できることからやっていく。小さな「できた」を刻んでいく。それが大事。



小さなことは、大きなことの一部ですが、
その小さなことが、大きなことをカタチづくります。
その他の小さなことへもつながっていきます。

【関連記事】フラクタル



豊かな心を貫きたいですね。。。




2017.01.23 フラクタル
こちらのリンク先で詳しく
ようは、、、相似形です。

ひとつの大きな正三角形の辺を二等分した点があるとします。
その3辺の中点どうしを線で結んであげたら、
小さな同じ正三角形が4つ存在することになります。
でも大きな正三角形もあります。



大きなことも、小さなことも、同じパターンで起こっている。



過ごすこと。働くこと。食べること。運動すること。などなど。。。
それぞれにつながりがあって、小さなことも、バカにできません。
ですが、、、同時にいえるのは、、、
その小さなひとつの改善が、他の改善にもなっていく、ということ。



パターンを変えてみる。
しかも、動かしやすいコマから(将棋倒し)。。。
リラックスが足りない。感じられない。せっかち。
じゃあ歩く速度だけでもゆっくりするとか、呼吸をゆっくりするとか。



その動かしやすいコマを動かすひとつが、こういうトレーニングです。
[広告 ] VPS




そのゆったり感が、心の裕福になり、あわてない動きや効率。知性。などを育むと思います。

「あれこれ改善しようと、あれではああやって、これではこうやって、と義務づける」
きっとその人のフラクタルが、「焦り」や「自己否定」かもしれません。
それで、「あの情報に走る」「この情報に走る」となるのかもしれません。
「ひとつのことをやるだけで、パタパタと、うまく行きだした」
という経験が大事かもしれません。
「他人の情報ではなく、自分の情報(感じること)」かもしれません。

「テンパってしまう。でも非効率。しっかりしなければ、、、が裏目にでる」
これもきっと同様のフラクタルかもしれないので、
ひとつの改善によって、「どっしり構えたら、うまく行きだした」となればいいですね。



結局は、、、
「自分を肯定すること」「自分を粗末に扱わないこと」が「大事」になるのかもしれませんね。
「そういうフラクタル」を私も目指しています。他人軸や常識に流されず、自分を大事に。



ウエイトも結局、重力を感じ、活かすだけですから。
動けない人や力む人は、重力そっちのけで、焦りのフラクタル。
小さなこと。でも大きなこと。



ウエイトは、力むものではなく、自分をいたわるもの。いたわりあるもの。
すこ~し、融けてきたでしょうか???





トレーニングをする目的は、さまざまです。
競技力を高めたい。健康になりたい。かっこよくなりたい。キレイになりたい。
ケガやコリのないコンディション。ストレスフリーなアンチエイヂング。重量を挙げたい(競技者)など。

でも、、、目的はさまざまですが、、、
一応にみなさん、、、
こうなりたいんじゃないですか???



「強くなりたい」
(弱い自分と決別したい)



でも思うんです。強さって何だろうって。。。



強くなければいけないんでしょうか???



弱いままではいけないのでしょうか???



そうやって仮に強くなれたその強さって、、、
ほんとうに強いでしょうか???いつも強いでしょうか???



弱いままではいけないのでしょうか???
そのことを肯定できたときに、、、強くなっているものではないのでしょうか???
[広告 ] VPS




強くなれたとしても、
それではまるで成功したとしても、失敗が必ずついて回るような成功というか。

でも、、、弱くてもそれを肯定して根っこから変われたとき、、、
ほんとうの意味で成功癖となって、
「成功-失敗」のワンセットじゃなく、ほんとうに変われるのではないでしょうか???

そういう人は、自分にもやさしい。同じ目で他人を見るから、他人にもやさしい。
厳しさを前面に出す強さは、弱さを隠しているとも取れるし、我慢してるわけですから、、、
それがぷつんと切れたときが、大変だと思うのです。

でも「妥協してほどほどに・・・」とは言ってません。そういうことではありません。
根っこから肯定できたとき、、、負のチャンネルが変わるわけなんです。
チャンネルが切り替わるのです。一時的な成功じゃなく、つながっていく成功へ。。。

その第一歩は、、、「自分が変わる」と決心すること。
今変化が起きてなくてもいい。でもその第一歩を踏んだ瞬間から、、、変わっていくもの。
見た目は「1%の成功と99%の失敗」に映っても、その1%の成功のほうを見るのです。
その1%のことに注目することは、それが100%になっていくのと同じでもあるのです。

強さを強いる人は、すぐに99%の失敗のほうを見て、自分を責めます。
そういう人は、仮に99%の成功だとしても、1%の失敗のほうを見てしまいます。
その1%がまるで100%ではないか、という気持ちになって。。。
「成功しても続かない」「一時的な成功」となる可能性も高いでしょう。

小さな一歩。小さなこと。肯定すること。感じること。考えることから離れること。
肯定的なレールに乗ること。

その小さな実感を侮ってはいけないと思います。
その小さなことを侮って「早く結果が欲しいから」となれば、、、結果も伴いません。
伴った結果はつまるところ、、、「弱さを認めない強さ」「失敗しやすい強さ」でしょうから。



心を軽くして、軽やかになって、小さな実感を「楽しみましょう」!!
[広告 ] VPS





2017.01.19 大胆に
自分がこれまで述べてきた指導論や強化のあり方を、
大胆にいわせてもらえれば、、、






楽して結果を出していい。



そのことに罪悪感を覚えるな。







その罪悪感をなくすぐらい、「自分には価値がある」と受け容れること。肯定すること。



仮面を剥ぐんです。



・・・



でも実際に、、、、



機能の意味を紐解けば、そうなるし、

豊かさの意味を紐解けば、そうなるはずです。






力を入れないことで、重さを感じ入れることで、動きが実現します。
[広告 ] VPS



ですが多くは、、、
筋力をつけるため、
筋力に頼って動かすその能力を鍛えるために、やっています。

機能とは、筋力に頼らないことで得られる能力を差します。
筋力に頼らずに機能できてこそ、ほんとうの機能です。
筋力に頼れば頼るほど、動作をそれ(筋力)に依存します。
結果、向上した筋力ぶんは向上しても、機能が低下するので、、、実用性が活きない。

それだけ、、、「頑張ってしまう」

頑張ってしまうことから、辞められない。

やっぱり筋力が欲しい。

筋力に頼らないで動けること自体が、、、理解できない。。。



もはや、、、アナキン・スカイウォーカーがダースベイダー化させられてしまった状態。
でも、、、アナキンの心は持っていたのです。。。だから最後は。。。(感動しましたね。。。)
(と、話が「スターウォーズ」になってしまいましたが、、、、、)



どうして力むことからやめられないのか。
どうして気張ること頑張ること踏ん張ることがとめられないのか。
理由はひとつです。



じゅうぶんに頑張ったことを、認めてないからです。



だからまた、、、同じような踏ん張り方をしてしまうのだと思います。
でも、、、頑張ったことを認めてあげたら、、、自分を許してあげたら、、、もういいよって。。。
そういう自己肯定が、、、今を感じ、自分を感じ、惑わされない心へつながるかもしれません。

簡単なことや軽いものでもいいから、、、
「力を入れないことで、、、できちゃった」という実感を刻む。
これが「うちのトレーニング」でやってることです。

他人の意見や世間の常識に自分の心が動かされるのではなく、、、
(悪の皇帝に心を蝕まれて、主観での正義を見失うのではなく、、、byスターウォース)
自分の心を守ることだと思います。



体づくりならまだいいとして、、、(これもほんとうは「機能」あっての体ですけど)
機能性や豊かさを求めるなら、、、
実感で心地よく感じ、流れ、温まる自然な豊かさを、運動で感じたい。
そういう充実が、、、「楽しくて仕方ない」という状態を作り、継続へ拍車がかかります。

無理なく、夢中になれる。
我慢がなく、夢中になれる。



私は、、、あなたの仮面を外し、素顔のあなたを現場で引き出す運動指導のプロです。
ほんとうは、、、すごい可能性を持っている。
頑張らなくても、、、我慢しなくても、、、
信じることで、肯定することで、他人に左右されず自分で感じることで、開かれる。




もっとも、、、行動と継続は必要。
でもそれを、「ムリをしてやるのか」「楽しんでやるのか」で大きく変わってきます。
そして、、、正しく突き詰めれば、、、「楽しいものであって、楽しく続けたほうが結果がでる」

そういうものだと思います。




年が明けた、新学年になった、上半期下半期、
さまざまな「分岐点」といいましょうか???
そこをきっかけに、、、何かを始めてみる。

運動でもトレー二ングでもいい。レジャーでもいい。
痩せたい。体を作りたい。もっと良いトレーニングを体験したい。
ウォーキングしよう。ジョギングを始めよう。。。

始めるのに、いいきっかけだと思います。
過去を忘れて、リセットしたいですね。
未来を期待して、前を向きたいですね。



ただ、、、ほんとうに大事なのは、、、



その勢いをいかに持続させるか、ということ。



始めたときが一番勢いがあるのかもしれません。
でもそれで、、、ついつい頑張りすぎてしまう。。。
それで結果。。。。。(想像)。。。。。。



私が大事にしているのは、、、



プロセスを、いかに、楽しめるか。



つまり、、、実感できるか。



過去を捨てる。そして実体のない未来。



ようは、、、思考してしまうのではなく、



今を感じる!!味わう!!楽しむ!!



私のトレーニングでいえば、、、奇跡的な体の使い方が手に入ります。
でもそれは、、、いきなり手に入るものではなく、
いきなり本格的なレッスンをやるのではなく、

まずは、、、親しんでもらう。
まずは、、、体でなじんでもらう。
まずは、、、感じてもらう。



何を???



心地よさを!!



多くが、、、心地よければ、、、効果的ではない。そう切り捨てます。追いこまなければ「いけない」???
ですが、、、心地良いぐらいの動作を「うちは」求めています。
それだけ、、、心地よくなければ、、、動きが非効率だから!!

そして、、、初めから難しいものはやりません。簡単なものから順々に。重さも一緒です。



心地よさを実感できることと、、、



そういうプロセスを楽しめることが、、、、



成功する秘訣だと思っています。



頑張る前に、、、



肩の力を抜いてみる。



考えこまず、、、でも諦めず、、、



まずはリラックスをしてみる。



じゃあ、、、どうしたいか???



ムリして犠牲を負ってまでやりたいか???



賞味期限を決める必要もなく、



もちろん、、、遠い目標や志はあります。秘めています。秘めてるだけでいいのです。



そのうえで、、、今、やれること。



それを味わい、そういう今を続けることで、、、向上していきます。



背伸びをしない継続が、、、すごく大事だと私は、、、考えています。





ソフトな動きでリラックス。
[広告 ] VPS




でもいきなりこういう風になるわけじゃなく、
初期では以下のような「あそび」や「お遊戯」もとっても大事です。
水面が揺れないような動き。重さがゼロkgに感じられる動き。でもそれが、、、自然なんです。

[広告 ] VPS




こういった初期設定から誤ると、最後まで誤ってしまいます。多くがそうだと思います。
戦えば戦うほど、体感する重さはどんどん重くなるのです。だからそれが「変な達成感」になる。
その達成感は、犠牲を背負って足掻いている、という意味。だから、あちこち痛めやすくなります。

動作は、心(気持ち・感情)からも反映されます。
思考して我慢して気張って踏ん張って頑張って「ねばならない」ではなく、
素直な感情として「やってみたい」「感じてみたい」「味わってみたい」という気持ち。

力んでいれば、、、感じられません。
だから、、、まずは、軽やかに。。。
気持ちひとつで、行動(トレーニングのやり方)も動作(動きの機能性)も変わってきます。

ほっこりいきましょう!!

安心して!!




*トップページもぜひご活用を。動画や過去記事リンクなど盛りだくさんにしています。




たとえば、食事やサプリメント。たとえば、強度面のこと。
それについて簡単に触れます。


【強度・ウエイト】

初心者の場合。種目数を最大限に減らすが、全身は使えている。ようはコンパウンド系を採用。
強度は、絶対に追い込まない。運動不足の体にとって、日常以上の負荷は思った以上の負担。
軽すぎて、鍛えた実感がない。それぐらいを私は選びます。

でも、重さは感じられる程度。それでも女性にとっては20kgのバーベルでスクワットはムリ。
男性でも20kgバーでスクワットが厳しいこともあり、プレートを抱っこして行うこともある。
種目とはいえない種目で、重さになじむ。楽しむ。これだけでも結構な運動。

これを(体でわからない程度)で徐々に増やしていくのですが、
ほんとうに微細な変化しかさせません。私が求めているのは「物足りないぐらい」
ですがこれで、、、、みなさん、、、変わっていけたのです。

ましてや「フォーストレップ法」ようはつぶれてもまだ繰り返すような、
乱れた動作でもやりこむようなことは、絶対にしません。したい方は他の指導者へ。
大事なのは、、、負け癖をつけることじゃなく、勝ち癖をつけること。
勝ち癖のまま、漸増していくこと。しかもゆっくりと。

【難度・ウエイト】

場合によっては、最初、マシンから入ることもあります。
あえて「力でバランスを取らない」ことを刻むためです。
でも、重さへの「勝ち負けから脱して挙がってしまう感覚」には純粋に向き合えます。

その上でバーベルダンベルへ移行しますが、基本は、、、脱力と信じる心。
できなくてもいい。挙げなくてもいい。小さなできたを褒めていきます。
固めてバランスが取れても、何の自慢にもなりません。
マシンのような身をもたれても動かせるような感覚で、立って欲しいぐらいです。

また、種目は少なめ。多くの関節が運動に参加できる種目を採用。
まずは、「回路」を刻む。しかも「少ない労力で」
でも、、、重さへの学習のために、
アームカールなどの単関節運動は、強化手段ではなく学習手段として採用。

また、回路とはいいましたが、運動神経の興奮よりは、感覚神経(入力)の即通です。
ようは、、、感じなさい。です。
単関節運動でもわかりますが、多関節でやれば全身に回路がいきわたり、全身が温かくなります。
全身でわかっていく。(脳みそが筋肉、じゃなく)筋肉が脳みそになっていきます。

【強度・有酸素】

一万歩歩きなさい、などとは申しません。
ウエイト同様、、、まずは「できる範囲」です。
あと、呼吸が乱れるような強度ではなく、ちょっと運動してるな、心地良いな。
主観的にいえば、「やや楽」から「楽」ぐらい。何時間でも続けられそうな。

でも、何時間でも続けられたとしても、短めで終わることをお薦めしていまうす。
それこそ5分からでもいい。増やすなら、物足りない範囲で徐々にです。
15分以上動かないと、脂肪が運動エネルギー(燃焼)に参加しない。それで15分以上。。。
それはあくまで慣れた人のこと。「楽しくやれている」ことが、すべての基本になります。

そもそも、脂肪を減らしたいなら、脂肪を燃やすことじゃなく、カロリーを燃やすことが大事です。
運動中にサプリなんかで脂肪の燃える率が高まっても、食事を摂れば結果は同じだからです。
それだけ糖質が燃えていない以上、摂ったものが糖質タンクを超える量が増え、脂肪になります。

結局糖質脂質両方を燃やすことが大事で、食事も低糖の食事で脂肪が減るわけではありません。
そればかりか、糖質不足での運動は危険です。
糖質を貯蔵できる体づくりも大事です。ようは、ウエイトです。

【食事やサプリメント】

3食きちんと、とは申しません。人それぞれライフスタイルがあります。
食べてて「おいしい」と感じるか。お腹が減った感覚や減っていない感覚があるか。
栄養があるから食べる、のではなく、おいしく食べるから栄養になる、のです。

主食主菜副菜は摂ったほうがいいと思いますが、毎回毎回課すこともないと思います。
極端に偏らなければいいと思います。体調や気分にも出るはずなので、それも判断基準。
ムリをしたり、我慢を強いたり、食は食であって、えさではありません。

サプリメントは、「必要ならば」とる、それが基本。食事が基本です。
誰かが摂ってるから、、、
世間をみて摂ったほうがいいいのでは、、、
ではなく、摂るなら「どういう意図で」を向き合うことだと思います。

私はかつてはプロテインなどを摂っていましたが、今は一切摂っていません。
でもこれは「私」の話。
運動で激しく消耗するなら、必要な分だけ必要な種類のものを選ばれたら、と思います。




以上、、、強いる、というスタンスではなく、提案というスタンスを取っています。
自立を促すための提案ですので、
質問自体を拒んでいるのではありませんのであしからず。




唐突ですが、、、


みなさんは、、、奇跡や魔法を、信じますか???笑


私は、、、すっごく信じています!!


・・・


私は、運動指導者。運動屋さんです。トレーニング屋さんです。


その世界の魔法を知っています。


重力や重りって、、、すごいんですよ。


素直さがなく、頑張ってしまう人には、「いばら」を与えるんです。
でも、、素直で楽しく無邪気な人には、、、「魔法の力」を与えてくれるんです。

[広告 ] VPS




両者とも、その人の希望が叶っているんです。。。

頑張りたい人は、「いばら」や「試練」を望んでいるのですから。成功よりも、試練を。
でもそれが、、、感じることと考えることとのギャップだと思いますし、
力んでいれば、それに気づかないんです。やってもやってもいばらがやってきます。
痛みに耐えること。悲鳴があがること。乱れてるのに力で解決して痛むこと。

でも、素直で無邪気な人には、マジックのような挙がり方が実現します。
マジックのようにまとまり、頑張ってないのに動けてしまいます。
しかも、、、心地よく、負担もなく、でも充実している。かみ合っている。ほそーい動き。
そう、、、素直で楽しいことが、実現してしまうのです。




重りや重力は、敵にするか、味方や仲間にするか、で、がらりと変わります。




でもこういうと、義務感・暗記もの・癖づけなどなどへ「思考」のギアが入る。
そこじゃないんです!!
その動作の引き出され方に、「マジック」がある!!それを楽しむ!!


・・・


少し、原点に立ち返りたいんですね。。。
俺は、、、根っからの「運動屋さん」です。
でもあまりにマジックなために、、、原因がわからないうちに実現する。

・力を入れず、重力を受けて落下したことで、なぜだかすごく動け、やわらかく動け、
・動作では、重くても、痛みや負担も伴わず、
・でもちゃんと体も作られ、しかも筋肉がやわらかくなっていく
・しかも、動けまくるというおまけつき。温かくもなるし、ひえ知らず

挙がるメカニズムは、正直、運動のレベルでは解決できません。
体幹や腹圧じゃないし、神経系でもない。
これを紐解くのは、「別分野しかない」。。。。

ですが、、、たしかに色々つながる部分を数々感じましたが、、、
結局、、、解明を求めた「私の力み」かも???って。
あるいは、、、奇跡的すぎて、でもそれで伝わりにくいと断定していて、
どう人を育てれば良いか。。。って考えてたんです。

そう、、、考えてた。。。



一回一回の実感も大事にしてきたつもりでしたが、、、
思考が入ってて、達観というか魔法を信じきっていなかったかもしれない。
1回1回が夢の国なら、、、その1回1回を刻め!!そう信じきること。
しかも、その動きの実現方法があまりにマジック!!それでいいんだ!!
夢の国から出ても、その余韻が残っている。これが実用性。身体が軽い!




マジックで、いいんだ!!




「育てるのではなく、育つ」のです。




それぐらいの奇跡や魔法なんですから。。。



私はディズニーランドにはいったことがありませんが、
私の指導では、、、ランドでありたいんです。楽しい空間。でも奇跡の空間。
悩みなどが、、、吹き飛んでしまうぐらいの驚きや感動。一気に広がる豊かさ。

最近少し、分析に走りすぎて、、、
そして変に弱者を気にしすぎ、その軌道修正に囚われていたかもしれない。
でもそこは大事ですが、もっと根本にあるもの。。。

でも俺は、、、、運動屋です。500%運動屋です。
好きで始めた運動屋です。
そして、ただの運動屋ではありません。



大人になれない、、、奇跡を起こしてしまう、魔法を知る運動屋です。
好き、を通り越した、エンターテイナーや魔法使い。
でもミッションじゃない。義務感や指令じゃない。いつでも「自分が」楽しんでいること。



大人にならねば、、、
わかりやすく理路整然と段階をどうこう。。。
たしかに他分野からいっぱいヒントをもらいました。それは大事にしたい。

でも俺は、、、運動の楽しさを「とてつもない次元」で知ってしまった子供のままの人です。
そんな自分こそ、、、大いに肯定し、、、自分にたいし肯定的に行動してきたい。
そんな自分にふさわしい人らが、魔法で引き寄せられたいですし。。。
いつも魔法を知る自分の素顔から眼をそらしたくない。いえ、そらさない。




もういちど。。。




育てる、じゃなく、育つ




そういう奇跡いっぱいの、子供の心に働きかけるエンターテイナーやアーティストでありたい。
「どうしてそんなに簡単そうに???笑」と笑うしかない世界観。
でもできてしまったときのあなたが味わう「笑うしかないけど嬉しい感じ」


「あれ???いつもあったコリや各所の痛みが、、、なくなってる???」
「週に1度の60分の運動しかしてないのに」

「気づいたら、、、ダンクシュートができるようになってて」

「練習で恐ろしく動けてしまってて・・・・」

「ケガをしなくなったわ・・・・・・あれれ???武田マジック???」



魔法を、、、信じますか???




... 続きを読む
どこか縛られない自由を感じさせるやわらかい動きを、自分のモットーとしています。
そして、お客様も、そのような「ほんとうの意味で自分を取り戻す動き」になっていきます。

[広告 ] VPS




こういうウエイトトレー二ングひとつとっても、
「こういうカタチじゃなければいけません」
「どうしてそういうふうにならないのですか???」
「必ず、こうしてください」
と責められたら、、、誰だって言葉を失います。

それで、「こういうふうにしなさい」が、
「身体じゅうへの意識」という自分を縛り付けるものだったりします。
あるいは、ガイドラインどおりのカタチを体へ強要します。

ようは、、、「気持ち」をまったく汲んでないのです。

むしろ、、、教わる側も、
かわいそうな責められ方をしないように「カタチ」だけを正そうとしてしまう。そういうものだ、と。
ほんとうの問題は、そこでもあるのですが。。。

・・・
・・・
・・・

でも、、、もしうまくいかなかったのなら、それなりの理由というか、気持ち(感情)があるのです。
「そういう気持ちがあったから、、、それがきっかけで、、、」
「うまくいかなかったことはわかってる。でもそういう気持ちだったから。。。」

・・・
・・・
・・・

多くが、重りへの恐怖心だと思います。それで「力がなければいけない」と思ってしまって。。。
そういう場合が多い。でも、、、「怖がってはいけません」などとは私は申しません。
怖さを大いに認め、受け容れるべきだと思います。

むしろ怖さを認めないから、、、
逆に、ひざかっくんのようにかくんと交わすような動きになったりします。
あるいは、、、打ち勝とうと力んで踏んだり固まったりしてしまうのだと思います。

怖さを認めるからこそ、、、できないと認めるからこそ、、、
それを知ろう、感じてみよう、とできるものではないでしょうか???
どういう落下をするのか。どういう軌道になるのか。じゃあ、、、少しでも歩み寄ってみようか。。。

・・・
・・・
・・・

できる範囲でいいのです。
カタチよりも、重さ(鉛直)との調和のほうが重要で、カタチはいいから、、、まずは。。。
部位別から始めても良いし、簡単なことから。。。できることから。。。

そうしながら、、、気持ちに寄り添うように、、、私は進めていっています。

できない理由は、、、筋力不足???などという判断だけはしません。
「どういう気持ちだったか???」
これは人によって違います。だから、、、そこを認めてあげたいのです。

すべては、、、そこから始まると思います。




そうやっていくことで、、、やがて、、、気持ちも変わってきます。
恐怖心だったもののなかに、、、ファンタジーなものも含まれたり、、、
じつは重りは、、、味方かも???となってきたり。。。

でも焦ってそうなる必要もありません。
素直な気持ちが大事で、無理強いのポジティブは自分を縛ります。
自然と沸いてくる気持ち。それを大事にしていくことだと思います。

たしかにウエイトは、、、重りとの「一期一会」になってるのかもしれませんね。。。

「ねばならない」や「すべき」という他人目線を剥いで、、、
自分目線で素直に感じてみる。その自分の気持ちに寄り添う。

・・
・・
・・

そもそもが、、、気持ちではなく「カタチの正誤」で裁きすぎなのです。
感じる眼、というのが欠けている。
スピードばっかり上げすぎれば、その効率性の代わりに、失ったものも大きいのです。

誰かの基準に合わせることが、評価の対象になる。

でもほんとうに大事なのは、、、自分の基準を取り戻すこと。
何らかの理由でそれを失ってしまった(忘れてしまった)のです。
それを取り戻すこと。ウエイトトレーニングは、そういう手段のひとつです。
(筋トレみたいに自分を偽ってしまうものではありません。芯を育てるのです)




ブルーハーツ  ロクデナシ(←クリック)
自分のことを、肯定していいんです!!
自分に寄り添う温かく勇気付けられる歌です。