2017.01.26 我慢を手放す
スムーズでしょう???
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「うわ~心地良い」
「こんなに心地よくて、いいんですか???」



「いいんです!いいんです!」



動画にもあるように、、、バーべルがとても軽く映りませんか???



もちろん、軽さを演じて力んで抗ってあがいて挙げてしまうものでもありません。
重いものは、重いと感じる。感じる。落下を感じる。鉛直を感じる。
だから、一本自然と入る。それが、、、理想の動きを作る。

拾えないから足掻くのです。固める必要もないのです。



自覚ある顕在意識と無自覚の潜在意識(無意識)。
多くは、この両者が分離しています。
無意識は、とても現実的だと思います。素直な感じです。
でも顕在意識では、思考で色々変幻自在にできます。しかし無意識は、素直です。

「思考が現実化しやすい」
これは、無意識が現実化する、という意味。無意識は計り知れない情報量。
しかも、過去も未来も知り尽くしている。

我慢をすればどうなるのか、潜在意識はきっと知っているのでしょう。

我慢して力んで頑張った。でもきっと心の声は、悲鳴です。
でも忍耐はスバらしい、ともっともな顕在意識です。
結果、、、ケガをしやすかったり、数値分以下で終わる、などの現実化。

私が「自分をいたわる」「自分を肯定する」ことを強調するのも、
そうしたくなる「理由」があったから。
私が今の動きになったのも、「理由」があったから。

きっとそれは、、、無意識の声だったと、今では振り返ります。
私は周りに呑まれません。自分でも、素直なほうだと思っていますし、そういわれます。
重力は、すごい味方だし、それを感じることから背かないことで、
その潜在意識と合致し、うまくいくのかもしれません。

でも多くが、大人の常識で「しなければいけない」になっています。
筋力を使って何でも解決しようとします。思考を使って手段を問わず強制処置します。
ダースベイダー化したようなものです。うまくいくものでも、それに罪悪感を覚え、拒否します。

繰り返しますが、潜在意識は、その行動でどうなってしまうのか、答えを知ってるのです。

だからこそ、、

ほんとうは、どう感じてるのか???

そこにアクセスすること。体でアクセスすること。実感すること。
感じにくいなら、過去を振り返り、責めたり否定したりせず、肯定すること。癒すこと。
それは、潜在意識に近づく目的です。




我慢を手放し、、、前途洋洋な潜在意識に委ねましょう。
潜在意識に近づくためにも、、、実感しましょう。
そして、意志を持ちましょう。

「こうしたい。だから、こうする」
「ああしたくない。だから、ああしない」

もし思考してしまい、計算してしまえば、、、
その過緊張で、うまくいくものもうまくいきません。
潜在意識が、うまくいかないほうを選択するからでしょう。そうやって自分を守ります。
「これでもう、期待に応えなくていいんだ(というからだの症状になった)」みたいに。。。

だからこそ、、、「ほんとうはどうしたいか」と向き合うことが大事だと思います。
そして、希望を持つことに罪悪感を覚えず、
自分のために生きること。

他人のために生きてはいけないと思います。
それが結局、自分がうまくいかなくなるという希望として潜在意識が認識する気がします。
自分を大事にしたうえで、こうしてあげたい、という自分の希望なら素敵ですが。
だから見返りも期待しません。やったことに満足しますから。無垢な心です。




普通は、自分を変えなければ、変わらない。効果が出ない。そう思うもの。
そうやって、筋肉をつけ、筋力を強化し、動作法まで会得し、自分を変えてしまう。
しかし、、、御幣を招くかもしれませんが、、、



私は、、、あえて、、、自分を変えてはいけない!!と申してきたのです。
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ダイエット目的なら、食習慣の乱れを改善しなければだめじゃないの???
筋肉つけて代謝を高めないとだめじゃないの???
そういう罵声を感じます。

しかしですよ。。。もしその食習慣が乱れているものだとして。
でもそれには「理由」があるわけでしょう???
これってようは、、、「自分が変わってしまったから」でしょう???

動作も結局、、、その力んだ硬い動作は、、、
余計なものをいっぱいつけてしまって、自分が変わってしまったのでしょう???
そうなる「理由」があったのでしょう???

そうなる「理由」があるんですから。。。

それをまずは、、、「認めてみる」と、どうなるでしょう???



「そうかそうか、、、そういう理由があってそうなってしまったんだね。。。仕方ないよ」
「だってそれだけ色々なことがあったんだから、ムリもないよ。そうかそうか。。。」



おそらく大多数は、、、それさえも認めず、我慢をして頑張ってしまいます。
ようは、、、人として肝心な「感じること」を「避けて」しまう。。。
感情や五感を感じないようにしてしまう、ということです。
感じなければ、痛みも苦痛も感じない。。。これってすごく怖いですよね。。。

でも、じゃあ感じることを強いなければ、、、とすると、それが義務になり、窮屈になる。
その「感じる」は、もしかしたら「考える」を基準にした「感じる」になるかもしれない。
つまり、、、「自分が変わってしまう」「自分を変えてしまう」



ほんとうは、、、どんな自分でも肯定すること。



そしたら、、、どこか軽やかになって、、、
感じられる体にもなっていくでしょうし、リラックスもできてくる。
つまり、、、等身大の自分になれる。。。



うちは、、、リラックスによって、その「感じる」という部分を強調してきたのです。



便宜上「変わる事が大事」と謳ってはきましたが、、、
実際は、、、「変えてしまった自分を取り戻す」というか、、、
ようは、、、「自分を大事にして、変えない。変わらない」

加筆すると、吸収の仕方も人それぞれ。
他人と比較するものではない。そういう意味でも「変わる必要はない」
目に映ってしまった短所は、じつは長所の裏返し、ということもしばしばある。



「こうしなさい」「ああしなさい」だけではいけないし、
自分からそれを強いてしまうのも賛成できない。
一発屋の成功になる。犠牲を負ったものになりかねない。

ほんとうは、、、いつまでも成功してる姿でありたいですね。。。



そもそも私の動作は、、、子供に還るような動作です。
だれしもそれを持っています。
これ以上、、、自分を変えてはいけないし、素直に感じること(実感)は誰しも必要。

かといって、、、幼児化を目指して「変わる」わけでもない。
自然体を「作ろう」、、、ではないのいです。



変わらず、素直に感じるだけで良い。。。(自分を)肯定するだけでいい。。。



そう思えてなりません。。。





努力は大事だと思います。
ですが、ムリはいけないと思います。
つらい。苦しい。我慢しなさい。そういうのを努力というんじゃなく、
自分の心に寄り添う感性を磨き、信じ、貫くことが、努力だと思います。

どこか、頑張ってしまってる、と思ったら、
私だったら、「それは、おかしい」と感づきます。
運動にしかり、食事にしかり、です。

そして、以下のこういったトレーニングや、さまざまな動作におけること。
重力を信じ、感じさえすれば、、、
たいていの動きは、普通にこなせるものだと思います。



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こういうウエイトトレーニングは、重力を感じるトレーニングです。
同時に、重力に歩み寄るトレーニング。ながれの力を拾うトレーニングでもあります。
ようは、、、言葉を悪くいうならば、、、うまいサボり方を会得する。
ようは、、、良い表現をするならば、、、うまい頑張り方や理想の努力を育む。



頑張った感・きつかった感があれば、、、
寄り添えず、苦しいものだったら、、、
それが苦しいという気持ちが正しいと思う。

だったら、、、

頑張った感のない自然でスムーズな動き
寄り添う調和ある自然な動き
それを会得しながら体に刻んでいく。



自然は、、、私たちの味方です。
でも、、、こちらから攻撃したり、過剰に警戒したりするから、強敵になってしまう。
強化の意味合いを、間違ってはいけないと思います。

敵にして「打ち勝つ」「過剰に警戒して守る」のではなく、
味方にして「調和していく」
もちろん、、、できることからやっていく。小さな「できた」を刻んでいく。それが大事。



小さなことは、大きなことの一部ですが、
その小さなことが、大きなことをカタチづくります。
その他の小さなことへもつながっていきます。

【関連記事】フラクタル



豊かな心を貫きたいですね。。。




2017.01.23 フラクタル
こちらのリンク先で詳しく
ようは、、、相似形です。

ひとつの大きな正三角形の辺を二等分した点があるとします。
その3辺の中点どうしを線で結んであげたら、
小さな同じ正三角形が4つ存在することになります。
でも大きな正三角形もあります。



大きなことも、小さなことも、同じパターンで起こっている。



過ごすこと。働くこと。食べること。運動すること。などなど。。。
それぞれにつながりがあって、小さなことも、バカにできません。
ですが、、、同時にいえるのは、、、
その小さなひとつの改善が、他の改善にもなっていく、ということ。



パターンを変えてみる。
しかも、動かしやすいコマから(将棋倒し)。。。
リラックスが足りない。感じられない。せっかち。
じゃあ歩く速度だけでもゆっくりするとか、呼吸をゆっくりするとか。



その動かしやすいコマを動かすひとつが、こういうトレーニングです。
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そのゆったり感が、心の裕福になり、あわてない動きや効率。知性。などを育むと思います。

「あれこれ改善しようと、あれではああやって、これではこうやって、と義務づける」
きっとその人のフラクタルが、「焦り」や「自己否定」かもしれません。
それで、「あの情報に走る」「この情報に走る」となるのかもしれません。
「ひとつのことをやるだけで、パタパタと、うまく行きだした」
という経験が大事かもしれません。
「他人の情報ではなく、自分の情報(感じること)」かもしれません。

「テンパってしまう。でも非効率。しっかりしなければ、、、が裏目にでる」
これもきっと同様のフラクタルかもしれないので、
ひとつの改善によって、「どっしり構えたら、うまく行きだした」となればいいですね。



結局は、、、
「自分を肯定すること」「自分を粗末に扱わないこと」が「大事」になるのかもしれませんね。
「そういうフラクタル」を私も目指しています。他人軸や常識に流されず、自分を大事に。



ウエイトも結局、重力を感じ、活かすだけですから。
動けない人や力む人は、重力そっちのけで、焦りのフラクタル。
小さなこと。でも大きなこと。



ウエイトは、力むものではなく、自分をいたわるもの。いたわりあるもの。
すこ~し、融けてきたでしょうか???





トレーニングをする目的は、さまざまです。
競技力を高めたい。健康になりたい。かっこよくなりたい。キレイになりたい。
ケガやコリのないコンディション。ストレスフリーなアンチエイヂング。重量を挙げたい(競技者)など。

でも、、、目的はさまざまですが、、、
一応にみなさん、、、
こうなりたいんじゃないですか???



「強くなりたい」
(弱い自分と決別したい)



でも思うんです。強さって何だろうって。。。



強くなければいけないんでしょうか???



弱いままではいけないのでしょうか???



そうやって仮に強くなれたその強さって、、、
ほんとうに強いでしょうか???いつも強いでしょうか???



弱いままではいけないのでしょうか???
そのことを肯定できたときに、、、強くなっているものではないのでしょうか???
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強くなれたとしても、
それではまるで成功したとしても、失敗が必ずついて回るような成功というか。

でも、、、弱くてもそれを肯定して根っこから変われたとき、、、
ほんとうの意味で成功癖となって、
「成功-失敗」のワンセットじゃなく、ほんとうに変われるのではないでしょうか???

そういう人は、自分にもやさしい。同じ目で他人を見るから、他人にもやさしい。
厳しさを前面に出す強さは、弱さを隠しているとも取れるし、我慢してるわけですから、、、
それがぷつんと切れたときが、大変だと思うのです。

でも「妥協してほどほどに・・・」とは言ってません。そういうことではありません。
根っこから肯定できたとき、、、負のチャンネルが変わるわけなんです。
チャンネルが切り替わるのです。一時的な成功じゃなく、つながっていく成功へ。。。

その第一歩は、、、「自分が変わる」と決心すること。
今変化が起きてなくてもいい。でもその第一歩を踏んだ瞬間から、、、変わっていくもの。
見た目は「1%の成功と99%の失敗」に映っても、その1%の成功のほうを見るのです。
その1%のことに注目することは、それが100%になっていくのと同じでもあるのです。

強さを強いる人は、すぐに99%の失敗のほうを見て、自分を責めます。
そういう人は、仮に99%の成功だとしても、1%の失敗のほうを見てしまいます。
その1%がまるで100%ではないか、という気持ちになって。。。
「成功しても続かない」「一時的な成功」となる可能性も高いでしょう。

小さな一歩。小さなこと。肯定すること。感じること。考えることから離れること。
肯定的なレールに乗ること。

その小さな実感を侮ってはいけないと思います。
その小さなことを侮って「早く結果が欲しいから」となれば、、、結果も伴いません。
伴った結果はつまるところ、、、「弱さを認めない強さ」「失敗しやすい強さ」でしょうから。



心を軽くして、軽やかになって、小さな実感を「楽しみましょう」!!
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2017.01.19 大胆に
自分がこれまで述べてきた指導論や強化のあり方を、
大胆にいわせてもらえれば、、、






楽して結果を出していい。



そのことに罪悪感を覚えるな。







その罪悪感をなくすぐらい、「自分には価値がある」と受け容れること。肯定すること。



仮面を剥ぐんです。



・・・



でも実際に、、、、



機能の意味を紐解けば、そうなるし、

豊かさの意味を紐解けば、そうなるはずです。






力を入れないことで、重さを感じ入れることで、動きが実現します。
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ですが多くは、、、
筋力をつけるため、
筋力に頼って動かすその能力を鍛えるために、やっています。

機能とは、筋力に頼らないことで得られる能力を差します。
筋力に頼らずに機能できてこそ、ほんとうの機能です。
筋力に頼れば頼るほど、動作をそれ(筋力)に依存します。
結果、向上した筋力ぶんは向上しても、機能が低下するので、、、実用性が活きない。

それだけ、、、「頑張ってしまう」

頑張ってしまうことから、辞められない。

やっぱり筋力が欲しい。

筋力に頼らないで動けること自体が、、、理解できない。。。



もはや、、、アナキン・スカイウォーカーがダースベイダー化させられてしまった状態。
でも、、、アナキンの心は持っていたのです。。。だから最後は。。。(感動しましたね。。。)
(と、話が「スターウォーズ」になってしまいましたが、、、、、)



どうして力むことからやめられないのか。
どうして気張ること頑張ること踏ん張ることがとめられないのか。
理由はひとつです。



じゅうぶんに頑張ったことを、認めてないからです。



だからまた、、、同じような踏ん張り方をしてしまうのだと思います。
でも、、、頑張ったことを認めてあげたら、、、自分を許してあげたら、、、もういいよって。。。
そういう自己肯定が、、、今を感じ、自分を感じ、惑わされない心へつながるかもしれません。

簡単なことや軽いものでもいいから、、、
「力を入れないことで、、、できちゃった」という実感を刻む。
これが「うちのトレーニング」でやってることです。

他人の意見や世間の常識に自分の心が動かされるのではなく、、、
(悪の皇帝に心を蝕まれて、主観での正義を見失うのではなく、、、byスターウォース)
自分の心を守ることだと思います。



体づくりならまだいいとして、、、(これもほんとうは「機能」あっての体ですけど)
機能性や豊かさを求めるなら、、、
実感で心地よく感じ、流れ、温まる自然な豊かさを、運動で感じたい。
そういう充実が、、、「楽しくて仕方ない」という状態を作り、継続へ拍車がかかります。

無理なく、夢中になれる。
我慢がなく、夢中になれる。



私は、、、あなたの仮面を外し、素顔のあなたを現場で引き出す運動指導のプロです。
ほんとうは、、、すごい可能性を持っている。
頑張らなくても、、、我慢しなくても、、、
信じることで、肯定することで、他人に左右されず自分で感じることで、開かれる。




もっとも、、、行動と継続は必要。
でもそれを、「ムリをしてやるのか」「楽しんでやるのか」で大きく変わってきます。
そして、、、正しく突き詰めれば、、、「楽しいものであって、楽しく続けたほうが結果がでる」

そういうものだと思います。





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うちは「力みを取れば、世界が開ける」「軽やかであれ」を謳っているのは周知ですが、
まるで苦悩を感じないハードルが高いイメージが先行しがち。
たしかにそうかもしれませんし、だから私も苦労をしました。

戦ってないはずの私が、まるで世間と戦ってるかのようになってしまう。
世間に自分が傷ついたりしてしまう。
誰もわかってくれない。誰も信じてくれない。そういう思いにかられるときもある。



でも今思えば、、、



たしかに自分は、天才肌(天然児)かもしれません。
言い方を変えれば、子供のままで純真なほうだと思う。
だから、

どうしてそれができないの???
どうして疑うの???
そういう人らのことがわからず、自分が傷ついていました。

こちらから歩み寄らなければわからない武田ワールド、とまで言われた。
天然児だったため、「変わってる」ように思われたこともあった。
世間と歩調が、未だによくわかっていない自分もいる。

でも、、、
この大人じゃない自分のその痛みと、
大人になった相手に親しまれないこととが、つながった気がしたのです。

アーティストとして最高のインストラクションをしてきたつもり。
でもそれだけじゃ足りなかったってこと。
いえ、、、ほんとうのアーティストは、また違うところにある。



・・・
・・・



それだけ自分のことを否定してしまい、自分への肯定が足りなかったんだって。。。




それで必死に戦ってしまうことになってしまった。。。
天才肌や天然気質のまま孤立していた。。。
相手を思う前に、自分への愛が足りなかったんだ。。。




俺も、、、いっぱい、、、傷ついた。。。




そこからでしょうか???
それでもここまで頑張った自分がいとおしく思え、
相手に対する「どうしてそれがわからないんだ」、がなくなっていくのです。

自分が傷ついたことと、
どうしてそれができない???どうして疑う???どうして変わってる???とが、
一致したのですね。。。(内容が違えど、、、自分を否定していた、という点で)

ブログでいうと、幸運体質の記事を前後に、気持ちや内容が大きく変わっています。

それの前の記事を読むと、すごく厳しい響きと同時に、自分の傷まで感じられたんです。
どうせわからないだろう。わかる人だけ読めば良い。自分にした仕打ちを他人にしてたかも。
自分にやさしくしてやれなかったことで、結果的に相手へもやさしくできてなかった。
だから、、、、、、、、、なのか、と。

・・・
・・・



アスリートではなくアーティスト。



年々色々体で感じ、進化し、学び、得てきた。
でもほんとうの根元は、、、
私にとっては、、、私がすでに天然で純真。それでいっぱい傷ついたこと。

それを自分が、認めてやれてなかった。。。

自分にもっとも厳しい仕打ちをしていたんだ。。。




自分の心に寄り添う。
自分が自分にそうしたように
相手にたいし、相手自身が相手本人の心に寄り添えるようなコーチング。




今ならわかるよ。。。
あなたが力んでしまうことやできないそのつらさや痛みも。。。
だって俺が、、、(いっぱい傷ついてきて)そうだったから。。。。




もっとも力むことに満足してるなら、そのことを肯定してもらい、トレーニングはお断りする。
我慢じゃなく、本心でそうなりたい、と思う人なら、大事にしたい。
でも、大事にするには、、、義務や命令を課す事、持論を強要することではないんだ。

相手自身が、、、マイナス面でも自分のことを肯定できるよう。。。
シーソーがポジティブ側へ少しでも傾けられるよう。。。

それでも「カタチさえできればいいんだろう」と強要する人もいます。
でも、どこかで根元が自己否定である以上、、、どこかでつまづく。
悲観的な相手のメールと実際会った明るさとのギャップ。それは相手がムリをしてるサイン。




私の場合は、はじめから純真だった。たしかに過去は力んでしまった。でもそれは後天性。
また、純真だったから、周りと違うというだけで、変わってる扱い。それで自分を責めた。
そればかりか、、、自分で自分を責めたことにも気づいてなかった。

自分だけは味方でいるべきなのに、、、

傷ついたし、傷つけられた。
それでも無垢なままでまっすぐな自分でいて、
それでもここまで何とかやってこれたこと。

自分へ「良く頑張ったね」って言ってあげたい。




その声は、、、そのまま、、、未来のクライアントへの声かけになっていくだろうから。。。





“視野が狭い”と書かれた通信簿(正しい愛し方と受け容れ方で私が救われた日)

(極意)【最初に知って欲しい純真無垢な愛の話】

幸運体質を作る(効率を考える前に、知って欲しいこと)
幸運体質(別館) 力みが取れない人へ(指示や命令ではなく、あなたに寄り添う魔法のことば)







年が明けた、新学年になった、上半期下半期、
さまざまな「分岐点」といいましょうか???
そこをきっかけに、、、何かを始めてみる。

運動でもトレー二ングでもいい。レジャーでもいい。
痩せたい。体を作りたい。もっと良いトレーニングを体験したい。
ウォーキングしよう。ジョギングを始めよう。。。

始めるのに、いいきっかけだと思います。
過去を忘れて、リセットしたいですね。
未来を期待して、前を向きたいですね。



ただ、、、ほんとうに大事なのは、、、



その勢いをいかに持続させるか、ということ。



始めたときが一番勢いがあるのかもしれません。
でもそれで、、、ついつい頑張りすぎてしまう。。。
それで結果。。。。。(想像)。。。。。。



私が大事にしているのは、、、



プロセスを、いかに、楽しめるか。



つまり、、、実感できるか。



過去を捨てる。そして実体のない未来。



ようは、、、思考してしまうのではなく、



今を感じる!!味わう!!楽しむ!!



私のトレーニングでいえば、、、奇跡的な体の使い方が手に入ります。
でもそれは、、、いきなり手に入るものではなく、
いきなり本格的なレッスンをやるのではなく、

まずは、、、親しんでもらう。
まずは、、、体でなじんでもらう。
まずは、、、感じてもらう。



何を???



心地よさを!!



多くが、、、心地よければ、、、効果的ではない。そう切り捨てます。追いこまなければ「いけない」???
ですが、、、心地良いぐらいの動作を「うちは」求めています。
それだけ、、、心地よくなければ、、、動きが非効率だから!!

そして、、、初めから難しいものはやりません。簡単なものから順々に。重さも一緒です。



心地よさを実感できることと、、、



そういうプロセスを楽しめることが、、、、



成功する秘訣だと思っています。



頑張る前に、、、



肩の力を抜いてみる。



考えこまず、、、でも諦めず、、、



まずはリラックスをしてみる。



じゃあ、、、どうしたいか???



ムリして犠牲を負ってまでやりたいか???



賞味期限を決める必要もなく、



もちろん、、、遠い目標や志はあります。秘めています。秘めてるだけでいいのです。



そのうえで、、、今、やれること。



それを味わい、そういう今を続けることで、、、向上していきます。



背伸びをしない継続が、、、すごく大事だと私は、、、考えています。





ソフトな動きでリラックス。
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でもいきなりこういう風になるわけじゃなく、
初期では以下のような「あそび」や「お遊戯」もとっても大事です。
水面が揺れないような動き。重さがゼロkgに感じられる動き。でもそれが、、、自然なんです。

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こういった初期設定から誤ると、最後まで誤ってしまいます。多くがそうだと思います。
戦えば戦うほど、体感する重さはどんどん重くなるのです。だからそれが「変な達成感」になる。
その達成感は、犠牲を背負って足掻いている、という意味。だから、あちこち痛めやすくなります。

動作は、心(気持ち・感情)からも反映されます。
思考して我慢して気張って踏ん張って頑張って「ねばならない」ではなく、
素直な感情として「やってみたい」「感じてみたい」「味わってみたい」という気持ち。

力んでいれば、、、感じられません。
だから、、、まずは、軽やかに。。。
気持ちひとつで、行動(トレーニングのやり方)も動作(動きの機能性)も変わってきます。

ほっこりいきましょう!!

安心して!!




*トップページもぜひご活用を。動画や過去記事リンクなど盛りだくさんにしています。




たとえば、食事やサプリメント。たとえば、強度面のこと。
それについて簡単に触れます。


【強度・ウエイト】

初心者の場合。種目数を最大限に減らすが、全身は使えている。ようはコンパウンド系を採用。
強度は、絶対に追い込まない。運動不足の体にとって、日常以上の負荷は思った以上の負担。
軽すぎて、鍛えた実感がない。それぐらいを私は選びます。

でも、重さは感じられる程度。それでも女性にとっては20kgのバーベルでスクワットはムリ。
男性でも20kgバーでスクワットが厳しいこともあり、プレートを抱っこして行うこともある。
種目とはいえない種目で、重さになじむ。楽しむ。これだけでも結構な運動。

これを(体でわからない程度)で徐々に増やしていくのですが、
ほんとうに微細な変化しかさせません。私が求めているのは「物足りないぐらい」
ですがこれで、、、、みなさん、、、変わっていけたのです。

ましてや「フォーストレップ法」ようはつぶれてもまだ繰り返すような、
乱れた動作でもやりこむようなことは、絶対にしません。したい方は他の指導者へ。
大事なのは、、、負け癖をつけることじゃなく、勝ち癖をつけること。
勝ち癖のまま、漸増していくこと。しかもゆっくりと。

【難度・ウエイト】

場合によっては、最初、マシンから入ることもあります。
あえて「力でバランスを取らない」ことを刻むためです。
でも、重さへの「勝ち負けから脱して挙がってしまう感覚」には純粋に向き合えます。

その上でバーベルダンベルへ移行しますが、基本は、、、脱力と信じる心。
できなくてもいい。挙げなくてもいい。小さなできたを褒めていきます。
固めてバランスが取れても、何の自慢にもなりません。
マシンのような身をもたれても動かせるような感覚で、立って欲しいぐらいです。

また、種目は少なめ。多くの関節が運動に参加できる種目を採用。
まずは、「回路」を刻む。しかも「少ない労力で」
でも、、、重さへの学習のために、
アームカールなどの単関節運動は、強化手段ではなく学習手段として採用。

また、回路とはいいましたが、運動神経の興奮よりは、感覚神経(入力)の即通です。
ようは、、、感じなさい。です。
単関節運動でもわかりますが、多関節でやれば全身に回路がいきわたり、全身が温かくなります。
全身でわかっていく。(脳みそが筋肉、じゃなく)筋肉が脳みそになっていきます。

【強度・有酸素】

一万歩歩きなさい、などとは申しません。
ウエイト同様、、、まずは「できる範囲」です。
あと、呼吸が乱れるような強度ではなく、ちょっと運動してるな、心地良いな。
主観的にいえば、「やや楽」から「楽」ぐらい。何時間でも続けられそうな。

でも、何時間でも続けられたとしても、短めで終わることをお薦めしていまうす。
それこそ5分からでもいい。増やすなら、物足りない範囲で徐々にです。
15分以上動かないと、脂肪が運動エネルギー(燃焼)に参加しない。それで15分以上。。。
それはあくまで慣れた人のこと。「楽しくやれている」ことが、すべての基本になります。

そもそも、脂肪を減らしたいなら、脂肪を燃やすことじゃなく、カロリーを燃やすことが大事です。
運動中にサプリなんかで脂肪の燃える率が高まっても、食事を摂れば結果は同じだからです。
それだけ糖質が燃えていない以上、摂ったものが糖質タンクを超える量が増え、脂肪になります。

結局糖質脂質両方を燃やすことが大事で、食事も低糖の食事で脂肪が減るわけではありません。
そればかりか、糖質不足での運動は危険です。
糖質を貯蔵できる体づくりも大事です。ようは、ウエイトです。

【食事やサプリメント】

3食きちんと、とは申しません。人それぞれライフスタイルがあります。
食べてて「おいしい」と感じるか。お腹が減った感覚や減っていない感覚があるか。
栄養があるから食べる、のではなく、おいしく食べるから栄養になる、のです。

主食主菜副菜は摂ったほうがいいと思いますが、毎回毎回課すこともないと思います。
極端に偏らなければいいと思います。体調や気分にも出るはずなので、それも判断基準。
ムリをしたり、我慢を強いたり、食は食であって、えさではありません。

サプリメントは、「必要ならば」とる、それが基本。食事が基本です。
誰かが摂ってるから、、、
世間をみて摂ったほうがいいいのでは、、、
ではなく、摂るなら「どういう意図で」を向き合うことだと思います。

私はかつてはプロテインなどを摂っていましたが、今は一切摂っていません。
でもこれは「私」の話。
運動で激しく消耗するなら、必要な分だけ必要な種類のものを選ばれたら、と思います。




以上、、、強いる、というスタンスではなく、提案というスタンスを取っています。
自立を促すための提案ですので、
質問自体を拒んでいるのではありませんのであしからず。