先日は、アバウトだけが私の持論を語ってみた。
ここで誤解があってはいけないことを触れます。



シンプルに言いますね。



人生の最終目標は、



願いを叶えることでしょうか???



むしろ、
幸せになることではないのでしょうか???




これは、いろんなことにあてはまる。
簡単にいいますと、
結果さえでれば、手段を厭わないのか、
手段をきちんと選ぶのか。




毎回毎日のその積み重ねこそ、
豊かなもの、幸せや至福を感じるものでありたいじゃない。
しかも、戦術に固執して、それが執着になってしまえば、
願いのほうがどんどん逃げていくわけで。

私の動作論も、その暗記や記憶に固執すれば、どうなるでしょう。。。
それさえかなえばそれでいいのでしょうか???
むしろ、自然になって、やってて楽しくわくわくしていくことのほうが、よっぽど大事。

こうしなければいけない、という戦術は、思考です。心のない感情を忘れたもの。
大事なのは、、、五感で感じ、豊かな感情いっぱいにすること。
やる前からこういう気分になること。



だから言うんです。



運動は、知識じゃなく、感覚だ。感性だ、と。



ということで、、、

願いを叶える執着を捨てて、幸せになることをいちばんの目的として取り組んだ結果、
それが願いもかなえてくれることにもなる、
そんな武田理論を感覚編として触れたいと思います。



重力と時間とに調和。。。。
しなければいけないんじゃなく、、、
感覚で楽しんでいけば、自然と叶うものなんです。



感覚です。



自分が、
大きな水車になって、
回るだけ。




本当に回る転がるわけじゃないのですが、
こんな感じです。
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12時から始まって、6時まで落ちても、6時以降は同じ回転力で12時に戻る。
だから、ごり押しもいらないし、切り返しもいらない。
流れです。




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不思議なんですが、
重力の作用をうのみにして、鉛直落下を強要するよりも、
大きな水車になってまる~く転がるような落ち方をしたほうが、
かえって(上から真下へ)力が伝わる感じになるのです。



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時間も重力も、もしかしたら、
四季のように巡り巡っているものかな???なんて感じたりもします。
四季のようなんですから、常に進んでいるのです。
春から夏がオフで、秋から冬がオフじゃないんです。
つねに新しいものを創作してるんです。次の季節への準備も含まれるでしょう。

だから、大きな水車になって、知識に縛られずに楽しんで動けば。。。

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ほんとうに転がるわけじゃありませんが、感覚的に、四季を巡るように。。。。



こういうやさしい心があって、心に幸せがあって、
そこからいろんなものがはぐくまれていくんじゃないか???
願いを叶えることも大事ですが、そのためにも、幸せや至福を感じること。




これからも、やさしい動作論でありたい。



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