simpleに申しますと、

「重力」と「時間の流れ」とに調和し、共鳴した動作だけではなく、
調和も共鳴もしてしまうことで、不思議な力が拾え、
まるで宇宙からアシストを受けてるかのような、そんなワクワクいっぱいの動作。

ですので、知的になって「身体や動作の知識」でやりくりしたり、ごり押ししたりせず、
余計な力を入れず、思考せず、ありのままを感じていくだけで、
「魔訶、、、不思議」「あら、、、やだ心地良い」「うわ、、、快適」
という動作が引き出されます。

重力と時間をうけいれれば、宇宙からアシストされる。
今を感じ入れれば、希望が叶う。

ま、作用反作用など、見返りを損得勘定で計算したりするんじゃなく、
頑張っただけ、いじめた分だけ、みたいな駆け引きじゃなく、
今にワクワクしてる。。。結果、未来もワクワクできる。。。

動いたとおりの体になりますので。。。

思ったとおりの現実になりますので。。。



その「落ちる」動作法を、簡単にまとめてみます。
やっぱり、、、伝えたいんです。
良いものだから。。。

それをsimpleに表現した動画をまずお見せします。
何も考えず、ただ単にご覧ください。
こんなにやわらかい自重運動が、、、あったのです。。。

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ふわふわでしょう。。。
跳ね返さなくても、、、挙がってしまう。動けてしまう。
バランスも、こういうことだったのです。

でも、、、自分の体重に重力と時間を感じるのは、ある程度のリラックスが必要。
自重のほうが、難易度は高い。
だって、、、共鳴する相手が、うちだから。。。

じゃ、、、共鳴する相手を、、、選びましょう。

それが、重りという道具です。はい、スクワット。
じつは、わかりやすくするために、動作速度をあえて変化させています。
みてください。遅くても、、、力まない。速くても、、、力まない。だって、宇宙から。。。。。。笑。

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私の中では、支えた瞬間は、重さが体にかかりますが、動作中はほぼ無重力。
でも、かくんとおもさを交わしたんじゃなく、あるがままを受け止めています。
だから、遅くても、らく。遅いほうが、らく。

でも、、、速い動きも、遅い動きも、同じ動きのメカニズムで動けています。
機能だけがぐんぐん変わっていくのです。(運動不足でも猫ちゃんはやっぱり。。。と一緒で)
あとは、タイミングが違うと思います。それを表現しました。はい、デッドリフト。

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じつは、床からのデッドリフトよりも、この動画のように立った状態からのスタート。
こっちのほうを勧めています。これが基本です。
まるで、、、架空の落下物にさえもタイミングがかみ合う。

エスカレーターに乗るタイミングでしょうね。
空港とか、ベルトコンベアーの決められた位置に荷物を置くとかのそのタイミングというか。
短い前奏があってから、歌が始まる感じ。。。みたいな。その前奏が大事っていうか。。。



機能重視だと体が作られないという誤解を払しょくしましょう。
あとは、感覚的に、上半身とか部位で動きを学習するのも得策。
その部位別運動は、補強としての筋力強化や筋肥大じゃなく、機能改善なのです。
でも、、、体も作られます。はい、リラックス。。。ムキムキでもリラックス。。。

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失礼しました。。。44歳でした。。。

あと、挙げる動きは、挙がってしまう動きであって、
繰り返しますが、反動目的ではありません。反動や反射じゃなく、宇宙力だと思います。
損得勘定や見返りへの期待じゃなく、計算なく無邪気にたわむれること。

私のなかでは、あげる動き・戻す動きという観点はありません。
どっちも「落下する動き」です。
半歩早い落ちる動きです。

高い位置を1として、だんだん下がっていくごとに数字が増えるものと仮定します。
1・2・3・4・5と下がっても、
5・4・3・2・1と挙げる・あげようと気張るのではなく、
6・7・8・9・10と下がっていくのになぜか挙がっていく。



最後に、、、こういった挙げる動き主体になりがちなこういう運動。
以前も、下げたほうが、挙がる。と触れた。
これは、今まで申した「落ち方」「下げ方」ありきです。
反動じゃなく、いい落下を体に刻んだ結果です.

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おしまいは、、、

こういうことは自然なことで、思考を捨てればあるがままになれば叶うこと。
動きづくりは、ゆだねること。
それを表現した、、、まさにこれが「落ちる」という、一言で納得のこの動画をお届けします。
動きは“無邪気に”!論理をあざ笑うがごとく。
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宇宙的だといわれ続けた私の動作法ややり方。
ほかにはない、こんなの初めてだ、と言われ続けた私のやり方。

でも実際は、とても素直で、あるいは無邪気でまっすぐで、
変わった何かを施す、自分を変える、のではなく、あるがままを取り戻すこと。
単に苛め抜くだけの損得勘定じゃなく、
トレーニングこそ人の豊かさが動作ややり方を刻む。ほんとうの意味で楽しめるもの。

芸術や音楽、さまざまな分野から同じような境地にたどり着くのと一緒で、
運動でもこういう世界観があって、
それを刻むことで、運動効果だけじゃなく、豊かな部分も育まれる。

動いたすがすがしさだけじゃなく、中身から納得できる。根元から満足できる。
トレーニングを愛する人間としての、まっすぐな追及が、こういう結果になったんだと思う。
押しつけるつもりはないが、あるべき姿になるお手伝いを、これからもやっていきたい。



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