ま、口数は少ないほうで、しゃべるときはしゃべりますけど(語りますけど:笑)
目立つほうじゃないおとなしいほうですが、それと、明るい暗いは関係なく、
気分が良くなることを選んだり、気分がよくなる行いができることが、明るいことだと思う。

ほっこり天然で、純粋な子供のような、と言われたこともありますが、
喫茶店に行くも、レジのお姉さんから温かく接してくれることが多いのも、
大人になれない、前向きで、気分が良くなるオーラが出てるせいかもしれない。

その俺が、こういう世界で生きてきて、学んできた結果、
仮に器用じゃなくとも、明るい選択をしてしまうまっすぐさがあって。。。
明人さんの明るいトレーニングは、こんな要領でやっています、ってお話しをします。

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けんだまもね、案外重いのよ。。。
しかし、わたしとおもりとの「絶妙な距離感覚」っていうんですか???
伴走っていうか、落下とかみ合っていて、自然で、心地いい。勝手に挙がってくれる。

ほら、こんな風に。。。
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ホームページの日記にも書いたけど、そのままコピーします。


俺、思うのね。。。

「感じること=反応すること」とは限らないってね。。。

これをウエイトトレーニングで言うならば、こう。身体が受けた重さを感じるじゃない。。。でも、それでいいのに、そこで終われば良いのに、過剰反応してしまったらさ、、、そうそう、、、力んだ動きができちゃうよね。一見パワフルで、やりきった充実感、支配欲で制覇した充実感はあるよ。でもこれって、、、子供の喧嘩をムキになって親が反応するのと、変わりあるでしょうか???あるいは、重さを苦だと反応し、過剰に守っちゃったり、過剰に拒否してしまったり、、、でも結局これって、、、「双方の心の距離」が近づくだけ近づいてしまって、抱き合ったぐらいの感じじゃない???

俺、思うの。。。

正しく感じられれば、過剰反応はしないって。

それがいわゆる「自分を肯定する気持ち」「自分を信頼する気持ち」「自分の価値」「高い精神レベル」だったりしないかな???温かく受け止めてあげればいいんです。重りが動作速度や動作のカタチまで作ってくれるぐらいなんですから。

でも、無反応で何も感じないんじゃないよ。これだと堅物で本末転倒。機械的にマニュアルどおり、痛みも何も感じない。怖いよね。。。反応しない、というにもふたとおりあるんだよね。。。きっと。。。動揺しない気持ちは、感じないことにあるんじゃなく、感じることにあるんだ!!




過剰反応しないっていうか、よくこういう質問を受けるの。
「重りは、どういう速度で上げたらいいんですか???」
俺の答えは、、、いえ、答えに行く前に、
「まずは、どういう速度で受けるか、を感じましょうよ」

挙げる基本は、戻すほうやおろすほうだから。
重りの速度で動かしましょう。重りの速度に合わせましょう。
なんですね。動画、みてみたら、速い速度も遅い速度も、同じ速度でやってるでしょう???

そのうえでのことですよ。挙げる速度ってのは。。。
ブレーキをかけるような遅い速度じゃなく、
あがいて気張って狂って過剰反応したかのように速く挙げようってするもんじゃないし。



ただね、、、けんだまとか、りんごを使ったレッスンもやったことがあるけど、、、

形式ばって、鉄の重りに縛られず、温かい気持ちを持つべきです。
事務的・義務感・形式ばった方法論で、がっちがちの運動をしよう、
と力を出すものじゃなく、もっと温かい角度から、徳があるというか、そういう明るい視線。

小ばかにするんじゃなく、
大人のふりして事務的になるんじゃなく、
明るい選択をしていけば、

そういう意識から、

素敵な動作が生まれ、
素敵な強化が芽生え、
素敵な日常へとつながり、
素敵な自分になっていくのではないでしょうか???


ほら、簡単に。
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