いや、、、すっごく軽かったし、自分でも良かったほうだと思うんです。
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自身でもデッドリフトでは、良い時なんかは、、、
シャフトに触れただけでその触れた感触だけで自然と挙がってくれる感じがあって、
もちろん、力は入れないし、力が入れば動きが明らかに鈍りますからね。

何というか、、、人はそもそも「感覚で生きている」ような気がして、
大人の思考によって、「争ったり」「我慢したり」してしまうことで、
余計な操作法が生まれたような気がします。操作法でなければ罪悪感、みたいにも。

操作法自体を悪く言うつもりはありませんが、
思考で判断すれば、そうならざるを得ないのだと思いますので、
そういう意味では適切な判断だと思います。

でも、、、私のなかでは、素直に重さを感じただけで、それでじゅうぶんで、
あとは身体がなんとかしてくれないものだろうか???
それが、ほんとうの意味での体のしくみではないだろうか???そう思います。

「あ、重いな」(触れた感触)
「あれ、挙がったな」「動いたな」(不思議な感触)

重さを認めないその思考が、体を筋力で固まらせているように思えてならないのです。
「重い=闘う」となって、そうやって運動することで発散することもできるのでしょうが、
私には苦痛です。

だって、もっとシンプルでラクで心地良いやり方があるのに、わざわざ・・・・って思いますからね。

感じるためには、力みを捨て、思考を捨てる。
「感じよう・・・」じゃなく、構えないで自然に。。。。
「自然発生的」っていうんですか???

動画ではクリーンが間に入りましたが、
ジャンプしたような動きに映りますが、自身はそういう気はさらさらありません。
着きなおした感じ???重さを感じなおした感じ???でしょうか???

重力が鉛直落下するのは、承知のこと。
でもこれこそ、、、「承知」なんですから、、、意識しなくても、、、って話です。
それが、、、感じるというか、自然発生的というか。

ただ、、、落ちるというだけで、動きやすく、挙がりやすくなる、というのは、
実感がすべてだと思います。
その実感を、わがパーソナルトレーニングで行っています。

そういう動きで運動すれば、、、体のコンディションは、、、どうなっていくでしょうか???
スポーツなどの実用面でどうなっていくでしょうか???
ぜひわがパーソナルで味わって欲しいと思います。




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