普通は、自分を変えなければ、変わらない。効果が出ない。そう思うもの。
そうやって、筋肉をつけ、筋力を強化し、動作法まで会得し、自分を変えてしまう。
しかし、、、御幣を招くかもしれませんが、、、



私は、、、あえて、、、自分を変えてはいけない!!と申してきたのです。
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ダイエット目的なら、食習慣の乱れを改善しなければだめじゃないの???
筋肉つけて代謝を高めないとだめじゃないの???
そういう罵声を感じます。

しかしですよ。。。もしその食習慣が乱れているものだとして。
でもそれには「理由」があるわけでしょう???
これってようは、、、「自分が変わってしまったから」でしょう???

動作も結局、、、その力んだ硬い動作は、、、
余計なものをいっぱいつけてしまって、自分が変わってしまったのでしょう???
そうなる「理由」があったのでしょう???

そうなる「理由」があるんですから。。。

それをまずは、、、「認めてみる」と、どうなるでしょう???



「そうかそうか、、、そういう理由があってそうなってしまったんだね。。。仕方ないよ」
「だってそれだけ色々なことがあったんだから、ムリもないよ。そうかそうか。。。」



おそらく大多数は、、、それさえも認めず、我慢をして頑張ってしまいます。
ようは、、、人として肝心な「感じること」を「避けて」しまう。。。
感情や五感を感じないようにしてしまう、ということです。
感じなければ、痛みも苦痛も感じない。。。これってすごく怖いですよね。。。

でも、じゃあ感じることを強いなければ、、、とすると、それが義務になり、窮屈になる。
その「感じる」は、もしかしたら「考える」を基準にした「感じる」になるかもしれない。
つまり、、、「自分が変わってしまう」「自分を変えてしまう」



ほんとうは、、、どんな自分でも肯定すること。



そしたら、、、どこか軽やかになって、、、
感じられる体にもなっていくでしょうし、リラックスもできてくる。
つまり、、、等身大の自分になれる。。。



うちは、、、リラックスによって、その「感じる」という部分を強調してきたのです。



便宜上「変わる事が大事」と謳ってはきましたが、、、
実際は、、、「変えてしまった自分を取り戻す」というか、、、
ようは、、、「自分を大事にして、変えない。変わらない」

加筆すると、吸収の仕方も人それぞれ。
他人と比較するものではない。そういう意味でも「変わる必要はない」
目に映ってしまった短所は、じつは長所の裏返し、ということもしばしばある。



「こうしなさい」「ああしなさい」だけではいけないし、
自分からそれを強いてしまうのも賛成できない。
一発屋の成功になる。犠牲を負ったものになりかねない。

ほんとうは、、、いつまでも成功してる姿でありたいですね。。。



そもそも私の動作は、、、子供に還るような動作です。
だれしもそれを持っています。
これ以上、、、自分を変えてはいけないし、素直に感じること(実感)は誰しも必要。

かといって、、、幼児化を目指して「変わる」わけでもない。
自然体を「作ろう」、、、ではないのいです。



変わらず、素直に感じるだけで良い。。。(自分を)肯定するだけでいい。。。



そう思えてなりません。。。





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