2017.01.15 道(どう)
武道や相撲道みたいに、
私個人的には、ウエイトトレーニングにも道(どう)があっていいと思うひとりです。
これを記事にしようと思ったきっかけは、

先日相を見ていて、ゲストのさだま○しさんがおっしゃったことに一部共感することがあって。。。
相撲って、勝ってもおおはしゃぎせず、敗者も思いやる心もある、と。
すべてに共感したわけではないんです。ただ、私がいいたいのは・・・・・・・・。




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ウエイトでいうと、重りが60kgだとして、
挙げたいなら、60kgを超える力で勝たなければ挙がらない。
逆に60kg未満の力だと、挙がらない。

頭で考えたらそうです。あるいは力みで考えたらこうです。
つまり、相手に勝つか負けるか。負けたならもっと力を鍛える、というふうに。。。
ですが上の動画を見て、何か感じませんか???

ましてやクリーンです。瞬発力ですので、
60kgどころか、もっと大きな出力をしないと「高速」で「爆発的に」挙がってくれません。
でも動画を見て、、、何か感じませんか???

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勝つか負けるか。
正しいか間違ってるか。
全部か無か。
成功か失敗か。

でもほんとうにあるのは、、、そういう1刀両断ではなく、ただの事実だけ。
私は少なくとも、、、そういう思考ではなく、
その事実(重りがあるという)を感じただけであって、、、



0kgに限りなく近い脱力で、挙がってしまう。



ようは、、、相手にたいして戦ってないのです。
自分のことに、一生懸命になっているのです。
自分でその事実を感じること、自分がリラックスすることとかに集中してるというか。。。



だから、はじめから勝ちも負けもないし、成功も失敗もない。一刀両断ではないんですね。
だからこそ、見た目は大勝(おおがち)してるように映ります。
でもその心は、、、、(略)、、、、ということなんです。

繰り返しますが、、、、初めから、勝ちも負けもないのです。勝者も敗者もいないのです。
ただ、結果や事実があるだけです。私でいうならば、あっさり挙がってしまったこと。

でも、一刀両断思考になれば、、、戦うことになります。力んで、傷ついて。。。
勝った喜びと同時に、敗者をいたわることが、できるでしょうか???
あるいは勝たねばいけないというプレッシャーです。楽しくはないし、自分がだせない。
負けたらかっこ悪い。。。これまたプレッシャーです。。。

ほんとうは、、、どういう気持ちで挑むべきか。。。

それを「ウエイト」が教えてくれてるように思えてならないのです。



ですので、究極をいうと、、、

挙がらなくてもいいのです。
戻す動きだけでも、、、すばらしいやり方にもなるし(粘ったネガティブレップじゃなく)
それと向き合い、自分が調和しただけで、、、立派なウエイトです。

挙がってもいい。挙がらなくても良い。
その中庸な気持ちが、挙がってしまったを生んだりもしますし、
挙がらずに感じ取る、調和するだけでいい。それは、失敗でも負けでもないのです。

それが究極です。挙がってなくても大勝してるようにさえも映ってしまうほどの。。。

と、余談でした。


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思うんです。そういう大勝をしてると、自分のことを肯定できるようになるものです。
それができないでいる人を見ると、自分のことのように感じたりもするものです。
自分への肯定は、相手への肯定にもなる。それが、共感というものかもしれません。

嬉しい感情を出すことは、悪いことではないと思っています。
でもそれは、、、相手に打ち勝ったものじゃなく、自分の達成感に幸福を感じて、のこと。
相手への敬意を忘れてはいけないんだと思います。

そして、、、スポーツにしろトレーニングにしろ、
打ち勝つことを目的に、計算で思考で論理で片付ける前に、
こういうスピリッツを磨いたほうがいいのでは???と思えてならないのです。

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また、力んでは結果がでない、と考えるのではなく、
おそらくそういう思考が義務感になって、
かえって自分に負けたりして力んでしまいます。

「勝つか負けるか、でやってるんじゃない」
「自分に一生懸命になるために、やってるんだ」
「自分のために、やってるんだ」

という気持ちも、大事だと思います。

頑張ったけど癒しになった、という運動効果であったり、
勝ったけど、敗者をいたわることにもつながったり(初めから勝ちも負けもないのですし)、
にもなるのかもしれない。

感情を出さない相撲(のしきたり)に、これまで私も疑問に感じたりしていたんですが、、、、
自分のウエイトと照らし合わせれば、、、
少しだけ通ずる部分を感じたのでした。




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