憎しみや怒りに任せて行動したり、戦ったり奪い合ったり痛めてでも力づくで勝とうとする。
でもほんとうは、、、そうやって感情的になるから、ほんとうの実力が出ないのです。
運動も動作もトレーニングも一緒です。

感情的にならず、自分のことに一生懸命でいたいもの

特急列車のように駅を次々通過してしまえば、大事なものが置き去りにされます。
特急列車が当たり前になって、「目的のためには手段を選ばない」よりも、
しっかり「手段」は選びたいもの。

自分でしっかり感じたいもの。

瞬発力に関係ない人でも、このことはとても大切。
ましてや瞬発力を要するなら、、、これこそ一番忘れてはいけないこと。
「リラックスこそ、瞬発力だ!」と私は言い切ります。

見返りを求め、他者への目線が基準になる。
誰かが認めてくれないと、自分でいられない。
他人がいないと、感じられない。

これではいっこうに、、、不安というネガティブパワーに襲われます。
行動(感じるという)ができないから、思考ばかりに走り、迷いや悩みが次々に生まれます。
それだけ誰かの基準が自分になってしまい、自分がなく、自分を失い、力んで彷徨った状態。

そうやって、力むことが当たり前になり、次から次へと「力むもの」を求めてしまうのです。

大事なのは、、、自分を持つこと。自分のことを感じること。今を感じること。
特急列車のように過ぎ去る前に、いくつもいくつも「ポジティブになれるヒント」が埋もれている。
「瞬発力こそ、、、スローモーション」・・・そう言っても、言い過ぎではない。

だって、、、リラックスしたときが、一番自分で感じられるから。

我慢が当たり前にあると、力んででも我慢して挙げてしまいます。動いてしまいます。
そういう我慢によって満たされることが当たり前になるから、「我慢」を求めたくなります。
それが「力む人」「感じられない人」「自分がない人」

私は、、、自分を持ちたいだけで、自分を守りたいだけで、
重りだって、「軽くても、重い」と感じられてるから、だから、軽やかに挙がるのです。
たとえば、すくんだ肩を脱力すれば、それが重力を感じた証。

私は、ウエイトトレー二ングで、それと同じことを引き出していて、
リラックスと落ちることを、感じることを、実現させています。
心は見えないものでも、形として動作に表れます。その形を変えれば心も変わる。
そう思いますし、そういうことをうちは、やっているのです。


先日紹介したこのようなお遊戯では、
重りの重さを我慢せず重いと認めることで、力を入れずにすいすい挙がってしまう。
そういう実現。ポジティブへの切り替えを促しています。

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つまり、、、やわらかい瞬発力も、あるんだということです。




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そういう鍛え方が、こういう動きを作ってくれます。

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これは、ほんの遊び心です。

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