このような質問をされたときだったり、
このような質問にたいする答えを書籍のタイトルなどで見かけたときです。
その、このような質問とは、、、、



じゃあ、、、どうすればいいんですか???



ブログのトップページでも申したように、
「そういう気持ちが、そういう行動になる」のです。

指導中は、私は基本、「たったひとつの答え」は申さない方針です。
ひとつの答えにたいし、多角的多面的に答えます。
選択するのは「本人」ですから。

また、「基本はこうかもしれませんが、、、私はこう感じます」という答え方をします。
これも同様の意志です。

「いろいろありますが、これは効果が高いかもしれませんね」
「じゃあ、、、それでやります!!」
私も言葉を失った瞬間でした。
判断せず、吟味もせず、「どうすれば。。。」さえが解決すればいいその気持ちを感じたから。



ブログでは方法論ではなく、「どういう気持ちで」を述べ続けています。
ホームページのほうは、多少のカタチは残しつつ、それでも「気持ちの部分」を謳ってます。
そのなかに「内容」も含まれるでしょうし、
「何かが違う」「豊かなあり方」が伝わる。カタチじゃない。

でもそれでも「じゃあ、何をするのですか???」「じゃあどうすればいいのですか???」



ダイエットひとつとってもそうです。私は太りにくく、代謝も高い。たくさん食べています。でも体型が変わりません。むしろ軸が立って、まっすぐ整ってきています。ただ、、、食べる上での「気持ち」という部分は謳ってきたつもりです。おいしい、と罪悪感なしに食べている。味わっている。感じている。その結果として、味わえるものを基本に食べている。旬なものだったりもします。炭水化物だって必須です。含水炭素という別名を持つ必須なもののはずです。でも執着でそうしてるのではなく、はめを外すときだってあります。でもまた元に戻っている。

それで出た質問が、「どういう秘訣が・・・」

私はためしにやってみた玄米食がおもいのほかはまり、おいしいし、便通も激変した。
身体が喜んでいるんだ、と思えたし、かといって、玄米も合わない人もいます。
だから、お薦めした覚えはありません。

その状況で出たコメントが、「武田さん推奨の玄米食ですが、、、」という冒頭。。。



「これをやれば運が上がるよ」とトイレ掃除をやるようなものです。
でもそれを「嫌々」だったり「仕方なく」だったりすれば、
やればやるほど運が悪くなるトレーニングをしてるようなものではないでしょうか。




「じゃあ、どうすればいいのですか???」
「こうすればいいです」



それに満足してしまうぐらい、自分を持ってないということです。
理由は簡単。先日申したように、、、
「自分(の心)が変わろうとしないから」「誰かが変えてくれる、と思ってるから」

だから、、、責任の範囲を超えて「じゃあ、どうすれば」になるのです。
どうすれば、、、ではなく、その気持ちを変えることだと。
気持ちの持ち方やあり方などを変えること。自分で、感じることだ、と。



その気持ちに沿った行動のひとつを、、、私はお届けしてるまでです。
その行動のひとつによって、、、多くの方が結果を出されたのです。




できた人ほど、感じ方を大事にし、カタチじゃなく感覚や感情を大事にします。
いい頑張り方とは、どういうあり方をいうのか???
我慢して、思考して、、、「点」と「点」をつなぐ「でっちあげの工夫」をすることではなく、



その気持ちに沿った行動だけで、、、、
“パタパタパタ、、、”と将棋倒し”のごとく




できる人ほどそうなりますし、うちは、そういうことを目指しています。
目指したのではなく、私の意志でそれを選んだ。

ここまで説明しても尚、、、
「じゃあどうすればいいのですか???」
私にも手に負えません。



たしかに先日、「一期一会を大事に」とは申しました。
傷つくのは、未熟だから???
違います。「一期一会を大事にしてるから・・・・」感情がストレートなのです。

嬉しかったりしたときはほんとうに嬉しいし、
傷ついたときはほんとうに悲しいのです。
でもそう「心に寄り添って、いたわってあげる」から、我慢しないから、自分を大事にできる。
自分のことを肯定してあげてる。自分の価値も、引き上げている。










私ごとですが、ひとつ、以前から考えていたことがあって、



「ホームページをなくす」



ブログだけで充分かと。。。

そこに内容も詰まってるし、
ブログを見て、ホームページを見て、という二度手間、あるいは最初にHPを見たことで、
「じゃあ、、、どうすれば。。。」になりかねない気もしたからです。
それぐらい、、、本気だからです!!



また、決定しだいお知らせします。




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