先日の続きになります。
ではどうして、、、、力んでしまうのでしょう???
その力む理由の一番手は、何でしょう???



私の答えは、、、「我慢」だと思います。



我慢してやってしまおうとする、その行動が、力みの原因ではないか、と。
ウエイトトレーニングでいうならば、認めずに我慢してでもやりきってしまうから、力むのです。
何を認めないか???



弱さです!!



弱さを認めないから、強がって、頑張ってしまうのです。
弱さを認めることが、、、リラックスの理由です。
弱くていいんだ、、、と。我慢しなくていいんだ、と。

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でも、、、弱さを認めることと、軽そうに挙がることとが一致しない。
そう多くは考えてしまうでしょう。
でも、、、じつはすごくシンプルなのです。



少し脱線します。



弱かったら弱いで、認めれば、、、逆に具体性が見えてきます。
弱いとか苦手だとかを認めることに恥じらいなどなく、許せているのですから。
だから、どこまでがわかるけど、どこからがわからない、というふうに。
新しいことを学ぶ際にもそうです。わからない、と認めるから興味がわいて、質問にも具体性が出ます。

ワンマンな人は、弱さを認めません。そう思います。
具体性に欠ける丸投げ質問が多いです。
弱さを認めてないから、自分が変わろうとしません。人にすべて変えてもらおうとします。
興味じゃなく、事務作業になってしまう。

 弱さを認める人は、、、その弱さを否定しません。
 具体性が良く見え、何が大事なのかが、逆に良く見えたりもします。
 弱さを認めない人は、我慢して「覚えよう」「覚えなければ」と思考します。考えます。
 だから、、、学習能力に乏しいのです。質問も丸投げになります。

前者は、、、豊かさを感じる重要性に気づきます。
後者は、、、我慢して感じられなく、思考でどんどん複雑になっていきます。

弱いから、強くならなければ、、、
これでは、強くなっても弱いままです。独裁者になろう、としています。
さきほど掲げたその独裁者思考にも陥りやすいでしょう。

長所は短所の裏返し。
私であれば、機械的に従うことは覚えが悪い。でも創造することに長けている。
右脳的左脳的のどちらが良いか、ではないと思います。

強がって我慢せず、「弱さや未完成」を認めれば、、、
それがリラックスにもつながるし、そのリラックスが、力を拾うという感性につながります。
それだけ「必要なもの」を「具体化」できてくるのですから。。。「頭」ではなく「体で」

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「弱くていいんだ」
そう自分に厳しくしないことで、他者にも厳しくしなくなります。攻撃しなくなります。
そして、、、自分を肯定できるようになります。短所は長所の裏返し。
弱いけど、、、その弱さこそ、、、強さじゃないかって。

それが、、、「リラックス」と「軽そうに挙がる」とがつながる理由です。



また、自分を肯定できてるから、、、相手を攻撃したり、相手を過干渉したりしません。
そういう「距離感覚」が、、、、ウエイトトレーニングでいう「体と重りとの縦の距離」です。
そういう「具体性」までわかるのです。あるいは、そういう気づきや質問になるのです。



できないから、学ぶのですしね。。。
できてたら、必要はないのです。
でも、、、できないから聞いてるんだ!!と丸投げ質問、では困ります。
これは、、、できないと認めていないから、感情的になってしまうのです。

感情は大事です。
でも感情的とは違います。
我慢が人を感情的にさせるのです。

我慢する前の感情が大事です。




色々多岐にわたりました。。。




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