この言葉は、私が私を見て、私やお客様を称して、こう表現しました。

もう5年ぐらい前になります。うちのクライアントさんにヨガのせんせいがいて、
そのせんせいのスタジオで特別講師になるオファーが来たときに、
そこのHPやスタジオに掲示する自己紹介の文章を考える際に彼女に提出した文章からでした。



情報やカタチに縛られることなく、ゆとりある“感性”で物事を捉える習性があり、「動作は、ネイティブなもの」を求め、「運動は、ワンダーランド」だと考えている。その独自の考え方は、高校当時に遡る。「世界レベルの選手には論理を超えた何かがある」「しかし、彼らには共通する部分だってあるはず」など、さまざまな感づきがあった。この業界に入るも、感性を大事にして論理からの脱却を求めている。クライアントさまには厳しいトレーニングを課しているわけではないが、動きがどんどん自然体になって、動ける体・動ける体型になり、ケガやコリなどとも無縁になると好評である。自身パワーリフティングをやっているが、どこにもない力まないリラックスした動きと表情で体重の約3倍のスクワットなどを挙げる。そのリラックスさで近畿大会優勝や全日本大会上位入賞経験を持つ。頑張らない頑張り方を知る数少ないパーソナルトレーナーである。



でもこのとき、、、そのせんせいからすごく褒められたんですね。
「頑張らない頑張り方・・・・・・」っていう部分が、武田せんせいらしくってすごくいいです!!って。
自分はヨガのことを知らないのですが、そのせんせいからは、何度かこう言われました。

「武田せんせいのトレーニングは、ヨガみたい」

そのスタジオでレッスンも何度かやったのですが、
りんごふたつを全員にお配りして一緒にスクワットをしたり。。。
これがまた、、、、みなさん、、、一度で見事にできちゃったのですね。。。

自分を感じる。受け容れる。信じる。叶う。

温かいなかにもすばらしい感性がみなさんあるんだなって嬉しく思いましたし、
自分も逆にみなさんに勇気付けられたのを覚えています。
今ではジム内の指導は、バーベル中心ですが、カタチじゃないんですね。。。



あり方なんですね。
あとは、気持ちのあり方。
その気持ちに我慢がないんです。

こういう気持ちになりなさい!!じゃなく、
今のそういう気持ちを受け入れましょう。きついならきつい。それでいんですよ。
でもそう正直になるから、、、逆に(他者目線で)課題や義務に従うのではなく、

「やってもいい。やらなくてもいい」という中庸な気持ちになります。

これがあるから、、、素直な気持ちになれ、
「やってみたいから、やる」「やりたくないから、やらない」
となります。力んでまで挙げない。挙げることが義務ではない。

「こういう風に心地よくしたい」という純真な欲求が目覚めます。
カタチに縛られず、感じた受けたそのままなのに、、、執着がないのに、、、できてしまう。
自分で感じた、自分で発見した、自分のための動作所作。

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ねばならない、という支配から脱し、ほんとうの自分を取り戻す。
「まるで瞑想みたいだ」・・・・・これもヨガのせんせいからたびたび言われること。
強さの意味。闘って支配することが強さじゃなく。。。。。って部分。

<強さに関して、くわしくはこちらから

こういう動きで動けば、、、
そういう強さが刻まれ、ケガもしないしバランスも良くなるし、
実用的でポジティブなからだとこころが築かれます。




今でこそ、このように整理できますが、当時は頭でここまで整理できてませんでした。
でも、、、先に頭で「こしらえちゃう」と、今のようにはならなかったし、
5年前から、思考せずして完成させてきた自分の感性が、いまさらながら、自分ですごい、と思った。




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