強さの意味
先日にもこれについては述べました。そういう気持ちで取り組むことが、強さを育むと思います。
今日は、これをもっと具体的かつ端的にします。

力みのないその調和が強さです。でももっともっと具体的に述べたい。
調和ってどういうこと。なぜ調和が強さなの???

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私が感じる強さとは、、、ひとことで、、、









闘うことにあるのではなく、
自分を守ることにある!!





ぴん!ときた方もいるでしょうが、それでも強さという固定観念があったりすれば、
このような解釈をしてしまうでしょう。。。
「それって、、、攻撃よりも守備ってこと???」

その時点で力んでいます。当た前という他者目線に自分が侵されている。
つまり、、、自分を守れていない!!
いかがでしょうか???



私の持論は、独特でしょう???自由で、束縛されずに、それでいて豊かで。
でも、、、世間と比べたら、、、それだけ「違っている」ということ。
あるいは、、、「一線を引いている」という見方にも。。。

だから、、、世間と闘ってる、、、みたいな誤解にも。。。

しかし、、、私はあくまで、、、
「世間はこうだけど、自分は、こうありたい。だから、こうするし、こう考える」
それだけ「やりにくい世の中を認めている」ということです。そこから自分を守ろうとしてるのです。

闘いになるのなら、、、それは「支配」(攻撃)もしくは「拒否」(防御)だということ。
つまりそれだけ「やりにくい世の中を認めていません」
だから「世の中を変えようと考えたり、世の中に背こうと考えたり」するのです。

これではまるで、、、、
力んだトレーニングや世間でいう体幹トレーニングとかと一緒じゃないですか???

私は、、、はっきり認めています。やりにくい世の中だ、と。
でも、、、そのなかで自分を守っているのです。
闘うことなく。。。

でも、、、「守る=守備」だったり、攻撃されるがままだったり、ではありません。
世間に支配された世渡り上手を意味するのではないのです。
これだと「やりにくい世間」を認めてないのです。



世渡り上手でもなく、世間を変えたいとも思っていません。
自分を守ること。自分を大事にすること。自分を感じること。
もし世の中が変わるのなら、、、そういう人らが増えていったときだとは思いますが。



どうしてリラックスしたほうが、機能するのか。
当たり前を捨てて自然体になったほうが機能するのか。
(他人の声や世間の常識を)考えるのではなく、自分を感じたほうがうまくいくのか。



自分を守れたからです。
それが、、、強さだからです。






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