重りの歩ませ方歩み方を、少し変えただけで、軽く挙がるし安定もするようになりました。
挙がったスピードに、本人もびっくりして、焦った感じもしました。
でも、気持ちは一緒で、、、挙げるんじゃなく、挙がるんです。

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歩ませ方を振り返ると、
「自分が重りに歩む→重りが自分側へ来てくれる→自分も重り側へ行ってあげる」
という変遷です。二番目と三番目は、じつは行ったり来たりしていました。
でも今は、三番目にしています。二番めも、自分の体制まで後ろに行ってはいけないんです。

こう申せば、、、「方法論」になって、メモしなきゃ、覚えなきゃ、になりませんか。

私はそれをすごく否定しています。なぜなら、自分が「教わり下手」だからです。
たいてい教わるときは、、、カタチの暗記から入る。
意味もながれ(ものがたり)も内容も掴めないまま、カタチを覚えさせられる。
それが苦痛で仕方ないからです。

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ひとことで、、、、順序が逆だ!!と言いたいのです。

「ああすれば、こうなる。こうなったから、、、嬉しい」
その嬉しさは、不安の解消でしかないような気がするんです。
じゃあ、、、その「こうなること」って、本心からしたいことなんですか???
むしろ、、、「ああすれば・・・」という義務感に潰される。いえ、その痛みにも麻痺している。

私は、、、、違います。

「こうなったら、嬉しいな~。じゃあ、どうしようかな???」
だから、どうしようなか~もすでに好奇心です。
こうしたい!!だからこうする。この欲求がありきで、思考がされていきます。
だから、、、発想も豊かなんでしょう。。。

この例でいうならば、、、
挙げることに主眼があるのではなく、重さをいかに感じ取れるか、に主眼があって、
だから、こうしようか。。。こうなる部分もあるなあ。。。それで現行になってる感じです。


あれこれ注意点があります。でも、これを
「しなければいけない思考」をはじめとするのか。
「こうなりたいな」をはじめとするのか。「こうなりたい」も種類や主眼もそうです。

それによって、注意点そのものへの見方も変わってきますし、
だから、、、「重さを感じよう」「今を感じよう」「自分を感じよう」と促しているのです。
その心地よさ。その快感。その快適さ。じゃあ、、、どうしようか???(ワクワク)

その「じゃあ、、、どうしようか???」というワクワクを、一緒に見つめている。
それが、、、私の指導空間です。
そして、、、感じ方を磨くことや自己信頼を築いていけるのが、ウエイトトレーニングの良さだと思う。

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もちろん、、、こうなったら嬉しいというこうなったら、も、感じ方ひとつです。
これも力んで義務感に価値を覚えていれば、
「じゃあ、、、、どこどこの筋力をつけて」「どこどこを意識させて」みたいになるでしょう。

だからこそ、、、感じ方を見直すこと!!
ほんとうに心から嬉しいのは、どういうことなのか。
「どういう気持ちで行動するのか」、、、、でいう「どういう気持ち」という部分です。

好きか嫌いか。
嫌いなら、嫌いを受け入れればいい。そのなかから「何ができるか」を見ればいいのです。
好きなら、好きを受け入れ、大いに楽しむ。楽しめる選択をする。

今やってることと、考えてることとが、一致しないときに、、、苦痛を覚えるのです。
好きなのに、、、暗記を強いたり、、、
嫌いなのに、、、我慢したり、、、

「好きこそものの上手なれ」

これは昔の豊かな時代だからこそいえたことじゃないかって私には思えます。
情報でごちゃごちゃになって自分を狂わせるものも少ない、自分を守れる時代だったから。
でも逆にこんな時代だからこそ、、、
自分をいたわる、ということを基準に、自分を感じ自分で感じることを基準にしたいものです。



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