感じる、と書くのが通常ですが、これは私の造語です。
漢字で「勘」って書くと、硬い印象になるね。。。でも、、、「勘」ってイメージしてみて。。。
めちゃめちゃ都合良すぎるお調子モノって感じかな。ほいほい願いが叶っていくってご機嫌な感じ。

でも入り口は、受け容れること、感知すること。
感じることで、勘じられていく、という結論なんですが、
ようは、、、「受け容れれば、受け取れる」という感覚です。

そういう都合のよさっていうか、ファンタジーな感じっていうか。。。

今回のスナッチ動画。今まで撮った私のどの動画よりもうまくできた感じがします。

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スナッチに小さな課題を抱えていて、それを解消しています。
デッドリフトをやるときの脱力した腕の状態と違ってて、先に肘が曲がってしまってました。
でもこれを、『カタチ』だけで修正しても、解決にはなりません。
ましてや「あり方」として間違っていますし、義務や強制から生まれるものはないのです。

やったことは、、、ただひとつ。



重りを、勘じようと。



つまり、、、都合よく解決させよう!!と。



おさらいになりますが、整理します。

「力を入れない」と「重さを感じる」とは、両者に互いに因果関係。
力を入れないことで、感じられるし、
感じることで、力を入れなくなっていきます。

そして、感じることだけで、あまりに都合よく勘じられるようになって、動けてしまいます。
先に腕が曲がるのは、、、自己信頼が足りなかったから。。。
「挙げないと、挙がらない」という気持ち。もしくは、
「まっすぐ挙げないと」という気持ちあたりか。



でも結局は、、、部分的に修正しても根本は変わらないからね。



勘じること。それが答え(解決策)です。



文字で書くと硬い感じになりますが、

勘じるという大きな袋のなかには、
感じるという小さな袋が入っていますし、
力を入れないという小さな袋も入っていますし、
自然と力を拾えて動けてしまうという小さな袋も入っています。

ようは、、、都合がいい。



不思議なんですが、、、動きにも溜めや待てができていたのです。
重力を受け容れ、受け取ったのですが、
時間のながれまでもを受け容れ、受け取ったようなのです。

カタチだけで溜めを作っても本末転倒ですが、
たまらない、ということは、あわててるってことで、自己信頼のなさ。
受け容れ、受け取る、という「勘じる」なんでしょうね。。。

動画では、オーバーヘッドスクワットもやっていますが、
これも膝からあわててしゃがむわけじゃなく、
良い例が思いつかないのですが、、、あのアコーディオンみたいで。。。



できてた部分から、長所から、解決策を探します。
欠点というか、見た目は、あくまで「体の反応」です。正直な反応です。
きっと以前は、、、まだこれでも、、、重りを受ける精度に改善点があったのでしょう。
でもデッドとかならできています。だったら、、、ということでした。その都合のよさを、信じようと。

自己信頼、という心。
リラックス、というふてぶてしさ。
勘じる、という信頼。




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