2016.11.14 体心技体
心技体、というひとつの熟語になっているのが一般ですが、
その順番は正しいと思うのですが、、、
トップの心の前に、体が必要って思うわけなんです。

その前に、従来の心技体も賛成しています。技は、心が作るものだからです。
私のブログを読まれてる方なら、それを感じるでしょう。
私の指導は、「体の使い方」という技術にこだわっているけど、どこか温かいはず。

じつは誤解してほしくないのは、結果のためだけの技術習得ではないのです。
私がこだわってるからだの使い方は、体を動かす「やり方」じゃないのです。
もし『やり方」だと、体幹とか余計なことを「意識」させたり「義務」を負わせたりさせます。

でも運動は、、、楽しい!!それが基本です!!強度が上がっても、楽しい!!
そのためには、、、心で感じること。感情や感覚が大事!!
感情と向き合ったことで、私の動作が生まれたぐらい。自然とも向き合う結果になれたのも、そう。

何より、、、それが楽しくて、それが心地よくて、それが面白くて、
結果のための手段、そういう満足もあるでしょう。でも小さい!!犠牲じゃないですか???
ほんとうは、、、(目的意識はあるけど)プロセスをどれだけ楽しめるか。でもそれが、結果になるのです。

「やり方」「考え方」という「小さい世界「狭い視野」ではなく、
「あり方」「感じ方」という「大きな世界」「広い視野」なんです。

心地よく、脱力してても、調和できてしまう。心地良いものを選択する感性が、動きを作ります。

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でも、、、体の声は、正直です。ほんとうに正直です。
つい心でムリしそうな時でも、体は正直に反応します。
その体の声こそ、、、本心や無意識の声だと思うのです。

風邪なら、熱が出ますし、喉や鼻にもきます。
動きが下手なら、、、それが負担というカタチで襲ってきます。
あるいは、焦る気持ちが、体にでます。動作にもでます。

重いなら、重い、と受け止める。ようは、、、感覚です。入力です。求心です。
そう受け入れるから、逆らってまで動かそう、とはしないのです。
そういう心になります。感情になり、欲になり、意志になるのです。

そういうプロセスを刻んで、技術が自然発生します。
そういう技術で鍛えるから、、、体もそういう体になっていきます。
体がますます賢くなります。すると、体の声も磨かれます。心の声も磨かれます。



・・・



「力を入れない」「何かをしない」「落ちる」など、
技術をたしかに紹介していますし、考え方も紹介してきました。
こういうのを求めるとき、、、たいていは「結果のため」の「手段」を求めます。

そこでいまいちど、、、

その焦りの心を、リラックスさせて欲しいのです。

私は指導者として、、、あくまで、、、「運動やトレーニングを愛する人間」として接しています。
それ自体が楽しく、その魅力を伝えることが楽しいのです。
ですので、「私の動作論」の普及も、されれば嬉しいですが、それが第一じゃないし、支配する気はない。
動作論としてのカタチばかりが先行すれば、あり方や本質を見失います。

体で感じ、心で反応し、体でも反応して技術が生まれ、身体が作られます。
成果至上主義という狭い視野ではなく、
あり方、という母体が先にあって、その心地よさやファンタジーを伝えています。

そして、、、プロセスをファンタジーいっぱいに楽しんでくださった方が、もっとも結果がでます。
思考で考えたら、おかしいと“考えて”しまうでしょうが、
ここまで読まれたなら、それが正論だ、と“感じる”こともできるでしょう。。。

世間ではこう。
一般的にはそう。

そこに基本はありません。もし基本があるのなら、何を基準に???
あいまいな基準しかはじき出せないものを、基本とは言いません。
体の声で、感じたことと、その意志、そしてその行動結果が、、、基本です。

その道の専門は、その道の楽しみ方を語れるのです。

お金じゃないんです。
回転率じゃないんです。
他人に気にいられるか、じゃないんです。

自己信頼の心です。体を感じるその心です。それがはじまりです。



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