動画のタイトルのとおり。
「下げてるのに、挙がってしまう」
それぐらい、重さを受け、感じ、しかもそれを手放すことで、挙がってしまう。

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しっかり自分で、感じること。
そのためにも、正しく受けること。
重い、という感覚を、自分に許すこと。

これを許せないから、頑張って逆らってしまうのだと思います。
これを許せないから、嫌だと重りをかくんと逃がしてしまうのだと思います。

しかも、、、その「重さを許すこと」が増していけば、
その重さに「できるだけ歩み寄る」ことを悟ります。
それが、、、最近述べた「軸感覚まで味わえる手法」です。

話を戻しますが、、、

重い、というその感覚を認めることで、
「重いんだな~」「じゃあ、、、頑張らなくてもいいんだよ」
って重さを受けることが巧くなります。すると、、、重いはずなのに、その受け入れが、軽さを生みます。

「重いんだな」
「いいんだよ」
「ムリしないように」

その受け入れが、心身にゆとりを生んで、逆に動かしやすくなるんです。

「下がりながら、挙がっていく」
「下がっているのに、挙がってしまう」
「下がってるほうが、挙げ易くなっている」

それを表現したのが、先日のこの動画です。
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体の機能とは、ほんらい、こういうことだと思っています。
頑張って動かすために、あるのではなく、
頑張らずに動かせるために、あるのだと思います。


「トレーニング=鍛える」「頑張る能力を高める」
それ自体を悪くいうわけではありません。
しかし、この思考だと、「・・・ねばならない」という思考になりがち。
つまり、感情でいえば、「・・・・したくない」。感情に逆らった思考です。

トレーニングを愛する人間として、そうなってしまうことが、私は残念で仕方ないのです。

「・・・・したい」。だから「・・・・する」
「・・・・したくない」。だから「・・・・しない」

簡単そうにやる私の見本。「このようにやってみたい」って思っていただくと、嬉しいんです。
実際にやってみた。「重いね・・・・」。じゃあ「頑張らなくていいんですよ」。その勇気。
頑張ってまでやることで、たしかに頑張れるのでしょうが、その代償は大きいと思います。

でも、、、頑張らずに、受け入れ、感じ、味わい、楽しむ。

すると、、、手放すという知恵になり、考えないほうがうまくいく、という次元にいけます。

私のトレーニングは、たしかに「トレーナーという私」が指示を出す。
受ける人は、トレーナーの指示に従う。たしかにこういう形式です。
ですが私は、、、「事前にやることを決めて」望んでいるのではありません。

私も、あなたをみて、感じ、その上で、選択しているのです。
あるいは、あなたの反応や声を聞いたうえで、選択します。

やりながら、、、できることを選択し、できなければまた、それを楽しみながら、また選択する。
あるいは、相談する。会話する。引き出す。
だから、、、指示を出しているようで、むしろ、提案レベルでしかなく、あくまで主役は、ご本人。
ご本人が、感じ、味わい、反応すること。それがすべてです。

また、、、先入観はなるべく与えたくない、とも思っています。

ただ、、、トレーニングを愛する人間として、その楽しさだけは、かもし出していきますが。。。
正確には、、、あふれ出てしまうのですが。。。
これも、、、「自分の感じ方が、大事ですよ」っていう「インストラクション」なんですね。。。



厳格さや威厳さなどとは無縁で、子供のまま、それでいいんですよ。。。



そういう自分を受け入れるインストラクション。そのインストラクションが自動化した私。

終わったあとに、どんどん軽くなっていく。
その反復で喜びを知っているありのまま。
感じることがすべて。プロセスを楽しむことがすべて。



と、話があちこちに行ってしまいましたが、、、

すべては、つながるのだと思います。




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