ところで、、、私やクライアントさんにはないのですが、
トレーニングっていうだけで、我慢を強いられるもの???
そういう印象がないでしょうか???

・・・

我慢に耐えることに快感を覚えるハードコアながんばり屋さん。
あるいは、
我慢に耐えるのがつらいので、他へ逃げるか、やめてしまうか、仕方なく事務的に続けるか。

私の印象では、この二手にわかれる気がします。

我慢強い、というのは、良くも悪くもある。
我慢に耐えることで喜びを掴んだのなら、それを否定することはありません。
我慢に耐えることが、今は有効な働きをしているからです。

ですが、、、我慢を強いることで、、、
大事な何かを失ってしまう代償を負います。
それは何でしょう???


・・・・

・・・・

・・・・


それは、、、感覚です。


あるいは感性ともいいますか???
あるべき感覚や感情をさしおさえて、頑張ってきたのです。
でもこのことは、、、否定することはない。必要だったから。。。


ただ、、、もしそのことに気づいたのなら、、、


やるべきことは、、、ひとつです。


・・・・


感覚を取り戻すこと。


とくに、プラスの感覚である「楽しい!!」とか。
これも、、、苦しんだ追い込んだ充実が楽しい、じゃなく、純粋に運動そのものが楽しい!!と。


・・・・


ウエイトでいうならば、、、

重さを与えられれば、重いです。それを力んで感じないようにしてきました。
頑張って守ろうとしてきました。義務を強いてきました。楽しむ余裕を消しました。
ますは、、、その重さを感じるのです。力を入れないことで。
次に、、、じゃあどうすれば、、、重さが限りなくゼロに近いポジションになるか。

力を入れず、素直になることで、、、そこへやってきます*。
フリーウエイトとは、そういうものなのです。
たしかに、操作で体をそこに持ってこさせて、重りに歩み寄らせるのも有効ですが、
それで逆に、力が入ってしまっては、元も子もない。感じられない。



*その「力を入れず、素直になることで、、、そこへやってきます」を、少し補足をします。

たとえば、、、手で何か荷物を持っています。
どうすれば、一番軽く感じられるでしょうか???
少し、、、感じてほしいのです。

「荷物を、自分側へ手繰り寄せる」・・・これでは、力で操作で無理強いじゃないでしょうか???
力を入れない、という感性に素直になれば、、、
「荷物側へ、自分が来てしまう」・・・これが、、、素直な感覚じゃないでしょうか???

つまり、、、重りの間近に自然と身体が吸い寄せられる。。。




力を入れない。何かをしない。
その心地よさ!動けた楽しさ!できた嬉しさ!
ただただシンプルに!!純粋に!!




今はその感じることを取り戻しましょう。とりわけ、、、「プラスの感覚」を取り戻すのです。
失った感覚、とくにプラスの感覚。
(心地良い・感じが良い・疲れにくい・快適だ・・・・・何より、、、楽しい!!)
それらを今まで犠牲にしてきたのです。

それを「取り返す」のです。



ここまでの内容。

思考で判断すれば、「トレーニングにならないじゃないか???」
じゃあ、、、画が、マヌケ面になってて、、、かわいい仕上がりとなっていますが。。。
拙動画ですが、こちらをどうぞご覧になってください。

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先ほど二手にわかれる両者を掲げましたが、
両者にいえるのが、感覚、とくに「プラスの感覚」を取り戻すこと。

力んで得することは、あまりないし、力んで得た分しかない。
でも力んだことで、失った部分のほうが大きい。実用性を生むか生まないか、の大きな鍵です。
ケガが絶えない。鍛えているのに???みたいな。。。

ですが、、、鍛えるとは、精度を鍛えることが先だと思いますし、
その精度を叶えるためにも、、、
ありのままの感覚、失ってはいけないプラスの感覚を大事にしたいものです。



力を、入れない
何かを、しない



受け容れる条件であり、感じる条件でもあります。



プラスの感覚を取り戻し、良い動きで、鍛えましょう。
鍛えたその動きに見合うコンディションが築かれます。
まっすぐ整った自然体、動きやすい体、ケガのない体、疲れにくく回復も早く、溌剌とストレスフリー
ムリのないアンチエイヂングまで。




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