2016.09.06 逃避力
苦しいことをやらなければ、希望は叶わない。
つらくても、逃げていては、成長しない。
いつも明るくバリバリ溌剌としていなければならない。

そういうところから、ほんとうに光が差してくるのでしょうか。
強さって、、、そういうことなのでしょうか???
つまり、、、
「我慢しなければいけない状況に」、「合わせる能力が」、「強さ」、なのでしょうか???



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どこか窒息しそうな苦しさを感じられれば、かなり自分を大事にできてる可能性が高いと思う。
「でも???じゃあ、そうしなければ、、、どうすればいいんですか???」
となる場合は、かなり思考でやられちゃってるかもしれません。



・・・・



私はそういう硬さから脱却して体の使い方を求めるようになりました。
破綻を来たしたからです。肉体にも精神にも。
どうしてでしょうか???



それは、、、



自分の声を自分が聞いてあげられなかったことに、気づいたから。



そして、、、
ひとつの答えにたどり着いたのです。
「強さ」についての「答え」が。



それは、、、



・・・・



我慢ではなく、自分の心に素直になって、
自分の感情や欲求を満たそうと意志を持ち、
それを貫けること。




・・・・


それが、強さだ、と。



負担がかかる動作で筋力をめい一杯使う。
そんな動作で鍛えるから、そんな硬い体になるし、ケガや負担も大きい体にもなる。
つまり、、、自分軸から他人軸へずれてしまい、我慢しなければいけない状況にあわせている。

でもほんとうの強さは、、、我慢しなければいけない状況から脱し、自分を大事にしてあげること。



そんなに我慢が必要ならば、それはおかしい!!



じゃあ、、、



・・・



我慢の要らない動きでやればいいじゃないか!


そのほうが、よっぽど挙がるし、
体にも心にも間違いなく良いし!!


しかも、コンディションも整い、実用性もあがる!





「体を鍛える=苛め抜く・我慢を強いるもの」

それで鍛えられても、ほんとうの強さにはならないでしょう。
自分にウソをついてては、一時しのぎの自信にしかならない。



ほんとうの自信を持ち、
そういう行動を心がけること。




自分を、信じてあげて、愛してあげること。





それが、、、私の流儀であり、武田パーソナルの流儀





我慢から逃げて、自分を取り戻すのです。





でもそれが、、、正しい判断力だということ。



きつければ休めば良い。気分を害したなら傷ついたと認める。嬉しければもちろん飛び上がってもいい。
気分が落ち込んでるのに、元気な振りをするほうが、かえって相手にも気を遣わせるだろう。
風通しの良い「関係性」を持っていたいですしね。

感情というのは、、、正しい声であり、いちばん信じてあげなければいけない声。
「しなければいけない」「したほうがいいのだろうか」ではなく、
「したい」という感情であり、「する」という意志が大事なんです。

感情を殺すような社会。オートメーション化や見える化。使えない情報たち。

自分は「トレーニング」を通じて、
大事なことを伝えているひとりです。
大事なことを貫いているひとりです。

「こうしたい」と思って、「する」のです。

だから、、、計算のない真の温かみにもなるでしょうし。

そうやって自分ができ、私のトレーニングができたのですから。




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