面白いことを言って場を和ませたり、笑いを誘ったりして互いの気分を良くしたり。
そんな声がけができれば、、、うれしいな。。。以前はそう思っていました。
でも、、、私には、、、ムリだとわかりました。

「できない」、、、いえ、、、「したくない、嫌だ」*、と認めることにしたんです。

やっぱり、、、根はまじめだと思います。

それをやるのなら、、、ちゃんとやりたい。
笑いなどで機嫌を取るのではなく、正しく解決していきたい。
できれば、、、温かく、愛をもって。。。

でも、、、その「ちゃんと」という気持ちがあったから、、、今があるし、、、
まじめでちゃんとしてきたから、、、そこから「楽しさ」や「ゆとり」(「面白さ」)が生まれたのです。
だから、、、はじめから砕けてしまって、、、面白くしよう、、、とかではない。

「ちゃんとしたい」というその気持ち。
それを認めてきたことで、、、結果的に。
だったら、、、それで、いいじゃない!!



「ちゃんと」っていうと、硬いイメージがあるかもしれません。
でも、、、「ちゃんと」「しなければ」、、、ではないんです。
心から「ちゃんと」「したい」のです!!

その「ねばならない」が、硬さの元であって、

自分でいうならば、逆に、他人目線の影響で、
ちゃんとしてたことへの自己否定が、面白く和ませなければいけない、という硬さになって、
あるいは、カタチをちゃんとしなければ、、、感覚的ではいけないんだ、という硬さになって。
逆にフリーズしたり迷ったり。。。過去にありました。



でもその「ちゃんと」というのは、カタチどおりに徹底することではない。
むしろカタチを超えた閾値で本気になること。感覚的でマクロで本質を射抜こうとすること。
そう、、、ちゃんとを「ねばならない」にすれば、そういうカタチ官僚的主義で終わる。そこではない。
でも、、、ちゃらいお遊びでもない。



「ねばならない」ではなく、「したい」のであって、「する」のです!!

だから、、、休憩するときは休憩するし、力まないし、いつも必死ってわけじゃない。
でもそれは、、、「ちゃんとしたい」を優先してる裏返しから。
その「ちゃんとする」なかから緩みが出て、人間味が出て、逆にロスなくできるんじゃないか。。。



初めから気を抜くのではなく、、、
初めに「ちゃんと」がありき。
「ねばならない」じゃなく、、、「したい」のであって、「する」のです!!



そこから、、、ランドのような楽しさが湧き出るものだと思います。



*自身のポカっぷりで笑いになることはありますが。。。
あるいは、
見本動作のあまりに簡単そうな感じで、笑うしかなくなる。。。とか。

ただ、、、私が作った以上、自身が愛するトレーニング。それを選んでくださったお客様です。
やはり、自分が好きな人には好きだという気持ちが出るものです。
そういう気持ちから自然と色々しゃべってることも多いです。

プラス感情っていうんですか???
これは仕事のみならず、
いろんな場面で恥ずかしがらずに素直に認めたほうがいいって感じています。




追伸:もっとも、こういう見方もできます。
それは、、、、
休むのであれば、、、ちゃんと休むのです。休みたいのであって、休むのです。




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