自分が感じる話。

明るい人は、そのときそのときで「小さな感情」を出していて、
我慢によって膨らんでしまう「大きな感情」になる前に、
小さな感情に気づいた時点で発散している印象がある。

今を感じてるんでしょうね。。。

だから、どこか、根がなく、さっぱりしてる。。。
それでいて、、、なぜか自然と気が利いていたり、、、わかってくれていたり。。。

俺も、トレーニング指導では、お客様の感想は大事にしている。
どんどん出しやすくしていきたいと考えている。
俺も出しますし。楽しんでますから。。。楽しい世界に引きずり込みたいんですね。。。

たとえば、緊張する相手。意識してしまう相手。など。
小さな感情を、言葉に出せなかったとしても、せめてそのときどき感じたことを認めればどうか。
怖くて言葉がでなかったなら、それを認める。ダメだしせず、弱い、と認める。
相手には伝わらないかもしれないが、、、でも、いつか声に出せたら、、、と。

俺は、サインに鈍感です。
ほんとうに鈍感です。。。
たぶん、、、天然だからでしょうね。。。

以前はそんな自分を責めました。。。それで婚期を3回も逃しましたし。。。
後から知らされて、驚くばかりでした。知って、悲しくもなりました。
知らされた3回ですので、きっとほかにも、無数の気づかなかったサインがあったのかもしれません。
そう思い、それで逆に、、、今度は敏感になろう!として、空回りになったこともありました。

でも結局は、、、
あえて自分のことに、自分の声のほうに、敏感になることがありきじゃないか???

そうすることで、、、
もしかしたら、、、
サインとかにも、、、気づく自分になるかもしれないから。。。

自分がありのままでなければ、、、レンズから映る視界が曇ってるでしょうから。。。


もっとも、天然が治るわけではありませんし、
天然である自分を変えたいわけでもないんだと気づいてもいます。
そういう自分でいいと思ってるんです。

でも、、、そういう天然さをあえて認めたほうが、
ありのままでいたほうが、
トレーナーはこうあるべき、、、頼れらるべきとか、、、そういうのを壊したほうが、

結果的に、、、自分に敏感、相手に敏感、となるのでは???

そういうことを感じただけです。




そう、、、ニーズを超えたものを発掘するにも、、、
自分がありのままであること。感情に気づける自分であること。これは外せないな、と思った。
もちろん、、、できるところから。。。

でも、、、動作を見る眼は、、、ずば抜けてるんですよ。。。
なにせ、、、「絶対音感」を知ってるぐらいですから。。。
そういうところからの(調子などの確認)コミュニケーションは、、、これまでもこれからも。。。



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