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失礼しました。。。。。



でも、、、この動画のどこが「愛」なんだ!って(笑)



ということを、今から紐解いていきます。

内容のほうは、、、過去記事とあまり変わらない結論になるかもしれませんが、、、
「愛をもって対話する」
ってどういうこと???

これを、
方法論でがちっと押さえつけるのではなく、
角度を変えて見てみたりしたいと思います。



例えばこんな話。落ち込んでいる友人に、元気になってもらいたい。。。
だからそれで、、、前向きなことを話しかける。
でもそれでかって、相手を傷つけることにもなるってこと、、、あるんですね。。。

私もあります。。。

だってそれは、、、つまりは、、、










肯定的なことばで、相手を否定してるから。



「悔しいこと・悲しいこと」など、それを受け容れずに
「やればできる」とか「つらくないことなんてない」
とか言われて、かえって「気持ち」を受け容れてくれてない苛立ちやさらなる寂しさになる。



「寂しい・悲しい・つらい」など受け容れるような応対できたりするのも、
自分を大事にできる人ならではの尊重ではないか、、、と思う。
その「尊重」から、それによって、それを認めたことによって、

「あ、、、自分はこんなにもつらかったんだ」

と自分を大事にできる。とそのときに、軽くなった心からいい思考が生まれます。
「何が、、、つらいのか」という元であったり、ようは、正しく事実を受け容れられるように。
「じゃあ、、、どうすれば、、、気持ちが軽くなるのか」という思考や行動にまで移れる。

行動にまでいかなくとも、そういう気持ちになれただけでも、、、軽くなる。

我慢というか、ムリなポジティブも含め、感情を押さえ込むのが一番良くない、と言われます。
たしかにそう思います。
感情をおさえつけると、そこに思考が働きかけ、また違った感情を生みます。
はじめの気持ちが、いつしかその余計な憶測で摩り替わり、、、、、、なんてことにも。。。



参考文献:石原加受子さんの本



トレーニングでいうと、こういうことです。

「重い重りがかかってきた」
「だから、身体を固めて守らなきゃ」
「力が入っていれば、、、大丈夫!平気平気」


これは、、、「重力である鉛直落下」を受け容れず、我慢し、
誤ったポジティブ思考で自分(の感情)がむちゃくちゃにされた状態。
そう思います。


そうやって「強さ」を作っても、、、
どうして、、、あちこちが痛んだりきつかったりするのでしょうか???
それは、、、怖さや弱さを認めないから。。。重力を認めないから。。。

肯定的な言葉で、重力を否定しているから。
そういう感情からは、ろくな思考が目覚めません。



・・・・



私がやってることは、、、とてもシンプルです。
互いの尊重に他なりません。



「重りが重いことを(自分が)認めてる」
「重りが真下へ行くことを(自分が)認めてる」
「(自分は)その重りにどう話しかければいいか」
「やっぱり(自分が)うまく挙げたいから」



逆らったら200%300%になってしまう負荷。これは「相手を否定した肯定」になるから。
だったら、100%にしょう。受け容れよう。
でも、その100%は、落下する動的な100%の負荷です。

じゃあ、、、どうすれば???

落ちることを認めれば、、、
重りを認めれば、、、

ようは、、、尊重です。

すると、、、その100%の負荷が、限りなく0%になるのです。。。
これはまるで、、、痛みのもとを認めた瞬間のようで。。。
つまり、、、100%を認めたから、、、0%になれたのです。



じゃあ、、、どうやって挙げたら良いか???



わかってきた気がする。それをトレーニングでやってみよう。
固める必要も力む必要もない。力ずくのポジティブじゃなくていい。
ラクに挙げたいんでしょう???




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だ・か・ら、、、、、、笑



失礼しました。。。



でも、、、あまり逆らった感や頑張った感、、、ないと思いませんか???
90kgのバーべルですが、、、たしかに本気とは程遠い重量ではありますが、、、
それでも、、、落下の呼吸があった、、、どこか「愛で歩み寄ってる」ふうに。。。

身体はそういう身体ですけど。。。



・・・・・・



とまあ、、、こういう対話形式で動きを見直すこともできます。




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