パワーを高めたい。
そういう希望を持つ人は多くいます。
そういう私も、「パワーリフター」。明らかに間違ったかのような重い重りを挙げてしまう人でもあります。

でも、、、この「求めたいパワー」にも「誤解」があるように思います。

そもそも、、、どうして「パワー」が欲しいのですか???
「パワー」がなければ、いけないのですか???
もし「なければいけない」として。
じゃあ「なければいけないパワー」って「どういうパワー」をいうのですか???


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パワーを欲しがる理由が、これに限った話ではない、とは思うのですが、、、
多くは、そのきっかけは、、、
「なければいけない・・・・・」という「思考」から来たものじゃないでしょうか???

「自分を見た目線」ではなく、「誰かを見た目線」だったりとか。。。

このように、注目が他人や情報などに目が行きますと、
「自分で自分を見ること」ようは「自分の心」が「からっぽ」というか「お留守になる」、というか。
そもそもそういう他人の出力って、、、どういうパワーなのか、って言い切れますか???

ねばねらないって頑張ったパワーだと、力んだものになりますしね。

それが「欲しかったパワー」でしょうか???


できる選手というのは、
私が思うに、逆に自分を冷静に見れていて、
「自分のできること」をわかっていて、それにあったものを選択していると思うのです。

感情に振り回される、というのは、相手に影響してその思考が引き起こす感情だと思います。
感情自体は、むしろなくてはいけないもの。でもそれが、「自分主体で感じたもの」であるべきで、
そういう「自分中心」「自分軸」で感じた感情で過ごしていたら、
逆に、、、感情的にならないのです。

このことと同じ話のように思うのです。

できる選手は、できる動作をしてるでしょうし、できるハートを持っているように思います。
自分をちゃんと「感じて」過ごしていて、「自分の感情」を「第一に」行動していると思うのです。
じゃあ、、、自分を感じてみませんか???


重りを扱うことで。


っていうとこれまた、誤解も生じるのでしょうけど、、、
重りに振り回され、重りという他人軸になって感情的になって、
力んでパワーを出し、実感をあふれ出すようにしますか???

やっぱり、、、、重さを感じ、受け容れ、その先の世界を見たいですね。。。
見れるんですよ。。。
「自分の感じ方」「素直な感じ方」・・・・・・そういう大事な部分を、現場で指導しています。
パーソナルトレーニングホームページ



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