先日の記事は、あえてぼかしましたが、
ただ、このことを同時にお伝えしておこうと思いましたので、
今回の記事を追加します。



久々に一度読み終えた「廣瀬裕子さんの新刊」を読みました。
エッセイのいいところは、、、
方法論のお勉強ではなく、こういう考えもある、と相手を感じられること。認められること。

二度めによむときって、、、早足になりがちかもしれませんよね。。。
でも自分は、、、味わって読みました。
どう読んだのか???それが、、、今回の議題の「聴く」ということと通じます。

余談、私はO型です。かつて、色んなお客様からよくこういわれたことがありました。
「もう、、、テキトーだから、、、」
「(細かい)話、聞いてないでしょう???笑」
でも、そうおっしゃいながらも、、、それでも自分はどこか「愛されていた」のを覚えています。



聞いてない。けど、聴けていたから。



このニュアンス、、、わかりますか???
エッセイの話に戻ります。どうしてエッセイが自分にいいのか???
それは、、、聞くというより、学ぶや真似る、というより、、、感じている。。。


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こういうことは、重りを聴く、ということにもじつは通じていて。。。
というのは参考項目として、ながしてください。。。笑。


ここで、ひとつのキーワードを申します。
先に申しておきますが、
言葉で書いたものなので、それを棒読みすれば、何も感じられない、と思います。

ここは、、、身体と心で、読んでいただきたいのです。

では申します。。。こんなキーワードです。







自分と比べたり、
あこがれたり、
そうなりたい、と思うのではなく、

そういう人がいる、と思うだけで。。。




どうですか???何か響きましたか???



こういう思い方だと、自然とどこかほっこりしたり、勇気が沸いたり、、、



話を聞こう聞こう、、、では、どこか窮屈で、力みがあって、無理があって、、、
カタチやうわべだけで終わりませんか???
しかも、ここがゴールで、それさえやればいい、、、みたいで。。。どこか豊かさも感じられないし。。。



でも、「こういう人がいる」「こういう人もいる」と「尊重」できる原動力は、、、
そう、、、
自分のことをしっかり感じられてるか。(自分で)今を感じてるか、ってこと。
自分を尊重するのと同じように、、、相手も尊重したくなる。。。



私はカウンセリングや指導では、話を聴く立場です。
そういう聴き方だから、、、だから、、、尊重でき、尊重したうえで対策を考えられるのだと思います。
これは、受ける側、お客様側も一緒で、

もっというと、、、
お客様自身を自分で自分のことを尊重できるように、先に仕立てさせていただくことで、
私の指導も、私のいうことも、、、尊重として聴けるようになっていくのだと、思うのですが???笑

どこか強制めいた感を持たない私のやり方。
そのままを尊重する方針。だからこそ、聴き方もうまくなり、主張もしやすくなる。
その主張も、どこか、いつしか、わがままではなくどこか調和した折り合ったものにもなる。



かつての記事で、私は、
「自分の指導がエッセイのようでありたい」
と申した記憶があります。正直な気持ちです。

尊重のない押し付けではなく、
自分を見失うのではなく、
自分を感じ、尊重してこそ、、、話が聴けて、実っていくのではないでしょうか???



たしかに細かい話が抜けていることはあります。
それでも愛されていたのは、、、
そういうことだった、と今ではそう振り返ります。



話を戻します。廣瀬裕子さんのエッセイ、二度目に読んだとき。
一度目とは違う感度で読めたのは、
それだけ、、、尊重したいって気持ちで読んでいたから。。。
たとえば子供にしろ恋人にしろ、見返りを求めず、愛したい、って気持ちで愛する感じでしょうか???



こんな感じで着地しました。。。





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