今更いうのも何ですが、、、

私は、かなり右脳型人間だと言われることもありますし、そう思います。
今思えば、感じることが大好きで、スタバにしかり、自然観賞にしかり。
この点は、まとめて、カテゴリー:ほっこり謳歌をご参照ください。

でも、、、それを押し付けるわけではありません。
いえ、、、それは個人の自由です。
ただ、、、自分が楽しんでいる姿を表現してるだけであって、計算がないんです。

でも、、、
それだけ「自分を楽しませること」「自分の濃度を高めること」を自分は知っている。
ただそれだけなんです。そういう自分だから、自然体なトレーニングになっていったと思うし、
そういう自分だから、自分の感度が良いんです。レンズも曇ってないんです。

運動のことを思っているとき、仕事をしてるとき、
自分の濃度が限りなく高いんです。きっと。自分の領域をよくわかってる。
だから、、、相手を見れるようにも思う。侵入するのではなく、尊重しつつ、窺う感じ。

さて今回は、、、これまたホームページ上の言葉から。
これは、自己紹介のページに記載してあった文章。
そこにはこんな、ある意味“意味不明(笑)”なフレーズが書かれてあります。



「動作は、ネイティブなものを求め」
「運動は、ワンダーランドだと考えている」




気持ちやイメージで感じる人もいれば、頭で思考で論理的に考える人もいます。
とくに後半の部分においては、
「運動がどうして、、、ワンダーランド???」



これについて、
私の素顔、感覚や感情に素直にそのままを大事にしたその素顔で、
これから「私はこうだ、、、」という返答をします。








以前は、ブログのトップページには、このようなフレーズを書いていました。



ロボットは、おとながつくる
おとなは、うごきをかんがえる
でもほくは、ぼくは、ロボットじゃないんだよ




リピーターのみなさん、覚えていますか???

これがすべてを物語っています。
それでいて、すべての的を射抜いた名言だと思っています。
動きは、、、考えちゃ、、、だめだよ。。。
ほくらは、ぼくらは、、、感じる権利があるんだよ。。。


それが言いたいんです。



機械的で事務的になってしまうと、このような判断力になります。
・上司からこういわれるから、こうします。
・規則がこうだから、こうしなければいけない。こうしないのは、ルール違反だからいけない。

でもそこには、「(大事な意味を)感じ取れていない」ということも意味します。
だから、、、判断力も薄い。なんとなくわかりますか???
いわゆる、、、見える化、という名のもみ消しです。
本質的にこうしたほうが、、、と思っても、規則がこうだから逆らえない。それでトラブル、なんて。

感情という模範解答があるのに、結果から分析するにも、思考で分析してしまう。思考で裁いてしまう。
感情という部分を受け容れた分析やフォローの少ないこと。
そうやって(故意かどうかは別として)もみ消しをするかのようなそういう大人が増えていないか???
そういう社会色が濃くなっていないだろうか???

何も規則が悪いと言っているのではない。
ただ、、、そういう硬い逆らえない仕組みが、感情や感覚を殺し、判断力を殺し、
ようは、、、頭の硬さ、いえ、心の硬さ。。。もっといえば、、、「力み」となっていないか???



こういうことが、、、運動でも起こっていないか???



楽しんではいけない。最近はだいぶゆるくはなってきたが、それでも???
力んでしまえば、感じるものも感じられません。
しかもうちは、、、感じるだけではありません。



感じた先に、、、そのままを感じた先に、、、不思議なことが起きるから。。。



そのままを感じられないから、、、余計な工夫をしてしまう。その余地ができる。
でも、その工夫ばっかりが普及するのは、そういうシステムがそうさせるんだと感じます。
でも、、、そうやって「頭で」「思考して」「大人になって」「ロボット目線」になるのです。

ぜんぜん、、、自分を大事にできてないんです!!
だから、、、大やけどになる。



力むから、感じられないのです。
正確に感じ取れないのです。
だから、判断を誤ります。

逆らえ!とか、固めよ!とか、
ムリしてでも、頑張れ!と。
怪我したり、強さと一緒に硬さがもれなくついてくるのも、ムリありません。



でも、感じられれば、、、そのままを感じられれば、、、
「逃げたい」「負けることを許して欲しい」という判断になるはずです!!
そう、、、それが正しい判断で、「逃げる」「負ける」は悪いことではないのです!!

むしろ、、、「逃げたい・負けて良い」と認めるからこそ、、、正しい判断が目覚めるのです。

その結果が、、、
・引っ張られたままなのに、そのほうが引けてしまったり。
・どさーーーっと抑えられたほうが、なぜか軽く動けたり。

もっというと、、、

・力が抜けているのに、抜けているほうが、動けるし挙がる!
・力めなくなっていき、ケガもこりもなくなっていく!


という「想像を超える結果」になってくるのです。



でもこれは、、、潜在意識の中では当然の結果じゃないか???
顕在識では、闘うか過保護に守るか、になる。ようは、逃げないんです。頑張ってしまう。
潜在意識では、SOSを。。。いえ、、、SOSどころか、素直さが解決策、と知っている。。。



筋力や瞬発力、それ自体は否定しません。
でも、そうやって「機械的に運動を作る」前に、、、「画一化する」その前に、、、
規則がこうだから・・・・・・とか、そういう「当たり前」を疑うことで、



当たり前から逃げることで、、、



逃げても良い、と認めることで、、、



自分をより大事にでき、力みもいくぶん緩和され、感じることに少しづつ長けてくるんじゃ???
でも、、、一歩一歩。ちいさな一歩を大事に。小さなできたを大事に。。。
自分の感じ方・自分軸・アイメッセージを大切に。。。



そういうことを運動(ウエイトトレーニング)で実現してるんです。
だから、、、
運動が“ワンダーランド”になってしまうのです!!

“ワンダー”なんです!!
そんな指導空間であり、そんな大人になれない私なんです。



そうそう、、、子供の頃、、、まだ「ぼく」の漢字を習う前、小学低学年のころ。
なんどもなんども、、、そうやって、、、濁点が抜けてしまう人だったんです。。。
その子供の頃の自分も、等身大で表現したくって。。。

と、、、自分優先のブログだ、ということなんです。




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