ここでは私の感じる範囲、
ようは、運動や自分の仕事、自分のことという範囲で、
現時点で解ったこと気づいたこと、という自分目線で述べてみよう、と思います。

ところで、うちのホームページ。しかも冒頭、トップページ。
ご覧頂いた方もいるだろうが、背景には俺の姿が。
とそこではなく、いえ、そこもあるけど、、、見て欲しいのは文章のほう。


「らくそうに挙げている」
「でも、脚力も背筋力も腹筋も強くない」
「しかも、ケガすらしない」


他人のことは知る由もないのですが、、、
これを見て、、、
もしかしたら、こう思われた方もいるかもしれませんね。


「まっさか???(苦笑)」みたいに。。。


でも、私が10年前からパワーリフティングをやるようになってから、
ますますこのことが、明確になってきたのです。
どういうことか、といいますと、、、、


「重力には勝てない、と弱さを認めたほうが、、、強くなった


ということ。現実、スクワットにしかり、あんなに深くしゃがんでしんまったら、100kgでもきつい。
それが、パワーリフティングをやるようになって、観念がさらに増していくにつれて、
160kgは落とさないようになってきましたし、その160kgの上がりやすさが増してきたのですから。


ここで面白いエピソードをふたつ紹介します。そこからいろんなことを紐解いていこうと思います。
・ひとつめは、背筋力を測定したときのこと。
・ふたつめは、金縛りに遭ったこと、しかも2回も!







きっとものすごい数値が出るんじゃ???背筋力系のメーターを振り切るほどの。。。。
自分もそう思ってたぐらいだったんですよ。
それで、ね、、、見てろよ!!って思いっきり引っ張りきったその数値が、、、

・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・



125kg(ごく一般人レベル)



心にカラスが見えたよ。(カーカーカーカー

周りは180kgとか出してたのに、、、、

でも、少し時間がかかったけど、、、
だから俺は、デッドリフト(180kg)が挙がるんだ、って。
これでよかったんだって。

周囲はデッドリフトのほうが数値がはるかに低いから。




ふたつめは金縛り。これは以前にもご紹介したことがあったので、周知かもしれないが、

はじめて遭ったのは13年ぐらい前、まだ力んでいたころ。
「押さえつけられた感」
「でも、これを跳ね返したら、、、武勇伝かも???」

とあほな思考が働いた俺:笑。で、ほんとうにはむかったところ、、、

100%の金縛りが、300%ぐらいの金縛りになってしまい、、、
まじ死ぬかと思ったもんね。。。
でも力を抜いたら、負けを認めたら、100%の金縛りに戻ったわけ。

でも懲りなかったおれは、2度目にやってきたときも、「はむかった」:笑。
やっぱり、、、300%がやってきた。。。
でも賢かったのは、、、すぐに負けを認めたこと。。。すぐに100%に戻ってくれた。。。



今思えば、本当あほ話ですが、
でもこういうことも通して、知らず知らずに「ある知恵」が刻まれた。



「肩肘はって、強さを出すよりも、弱さを認めたほうが、世界が広がる」



強さを誇示するのは、弱さや怖さを認めてないから。だから隠そうとする。
でも結局、それが、逃げ出したいほどのプレッシャーになったり、
でも結局、打ち勝つ・成功するどころか、ますます傷ついて、ほんとうの気持ちも見失う。


指導でもあります。

自分ができてないこと・弱いこと・怖いことなどを受け容れた人こそ、成功してます。
それだけ「やるべきこと」が明確になるからだと思う。
プライドを捨てきれない人は、傷つきたくないのでしょう。そうやって自分を隠す。
だから、うまくいかないし、自分からミスミス試練を探すようで。。。。。

逆に、弱いことやできないことを、さっさと受け容れたほうが、
ほんとうの意味で「自分」を持て、「自分のやりたいこと」「自分にできること」が明確になる。
でも、評価のため、人気のため、となって、冒険すればするほど、、、(大やけど)


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「重い・怖い」という事実を感じ、感じたままに表現するのです!!


「そんな重いもの怖いものを与えられたら、何もできなくなってしまいます」


これが、重力出力のはじまりです。感じる、というのも、そういうこと。

そして、筋力は強くない。自分は強くはない。そう認めることで、逆に逆らうこともなくなり、
重りとも中立に向き合えます。
すると、、、怖いと思っていたものも、、、感じ方が変わってくるのです。

誤ったプラス思考で、重りは軽い、とか、自分は強い、とか、
ま、結果的に重りは「味方」になってくれるのですが、
今思えば、、、

初めから味方だと思わないほうがいい。
いいえ、、、
重りという第二人称よりも、自分という第一人称を、その感情を、受け容れたほうがいい。


今ではそう感じます。
でなければ、、、重りの扱い方を誤ってしまい、怪我の元にもなりかねない。
少なくとも、敵に回せば、どこまでも強敵になるから。

そう、、、
結果的に味方にしてるから、
そのために、素直な感情を受け容れたから、

安全でムリがない動きが実現した、というわけなんです。




と、色々書きましたが、、、



行動の質を高める意味では、、、



「自分の感情に素直に気づくこと」
「自分のことを、大事にしてあげること」
「自分のことを、自分で守ってあげること」



ということも、大きく関わってくる。
これがいいたかったんです。
肩肘張らず、認めること。自分の感情に素直になること。自分のために生きること。



こんな感じでしょうか???



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