2016.06.16 感知の誤解
ようは、、、考えごとをしながらコーヒーを飲むのか???味わって飲むのか???
味わうといっても、自然でリラックスしてるから、だから、ありのままを感じられるわけで、
味わおう!なんてしてると、肩やらどこやらに力が入って、誤ったことばかり感じませんか???

私は決して身体感覚に優れているわけではありません。
でもそれがかえってよかった、と思ってるぐらいです。
「思考」で邪魔して「余計な力」が「入らない」から。

それが、重りの扱い方であり、動作のあり方だと思います。

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だから私は、感覚が特殊であるわけではなく、普通です。
そして、どこか子供のようで、理屈っぽくなく、変な硬さがない。
ときどき自然を見てほっこりしたり、花屋さんを通り過ぎては心がおだやかになったり。
こんな感じでしょうか???力が入ってないんですね。

でも、感じよう!!感じなければ!!となると、思考がまた入り込んでしまうでしょう。
もしそういう癖があれば、
その癖があることを「認めてしまったほうがいい」そうですよ。

私でもありますから。苦手な人とか嫌いな人とか、どうしても意識するし、
この人に話しかけるの、緊張して勇気要る、、、とか。
でもそんな自分を認め、許すことにしてるんです。

こういうのって、、、タイミングっていうのでしょうか???
見えない力が働いてて、宇宙はそれをお見通して、
それを「自分に湧き出る自然な感情」を通して我々に語りかけてるんでしょうか???
感情を飲み込むと良くない、って言われますが、そういうことも含まれるのかな???

また、私は42歳ですが、これまでは「若くいたい」「若く見られたい」と思ってきた。
それ、認めることにします。20代の気持ちでして(笑)。
でも今、あえてそれを認め、許しつつ、今42歳なんだ、ということも認めてみよう。
こう思ったほうが、心が軽くなって、逆に若くいられる気がした。

認めるついでに、今自分が自分を認めていることを言葉で伝えたりできれば、尚いいのでしょうね。。。
でも、、、勇気が要る。。。というならば、それも認めてしまう。
「やってもいい。やらなくてもいい」・・・・・・素敵な言葉ですね。。。(拝借した言葉です)



泣ける素敵な歌詞



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