廣瀬裕子さんの新刊、はんぶんぐらい読みました。
癒されつつも、勇気付けられたりしています。
共感する部分もいっぱいあって、ついつい何度も読み返し、深く感じたりもします。

そのなかで、「ロルフィング」という言葉がでてきました。
それに目を奪われずに居られませんでした。
これは、いわば、トレーニングメソッド。どういうメソッドかというと、

「重力に調和した体をつくるもの」

恐ろしく馴染みありすぎて、、、

かなり、動揺しましたからね。。。

うちもそうですが、それも同じで、マッサージや施術がいらなくなるって。
重力と調和した身体が、いちばん機能的でいちばん自然で、、、
ただ、手法がきっと違うのだと思います。

これをみたとき、ふと、自分は、「先を越された」と思いました。
私のたどりついた「落ちる」は、2005年ごろに原型ができて、現在も進化し続けています。
いつか「自分のメソッド」として世に出したい。でもやり方がわからない。

昨年、じつは執筆に挑戦したのですが、あと一歩のところでダメでした。
いや、自分から身を引いた、としたほうが正確です。その理由ですが、担当者の言葉でした。
「武田さんのレッスンを受けなくても、この本を読んだだけで、同等の効果がでるか」

ようは、考え方だけではだめで、これを読んだだけでそれなりの結果が約束できるかどうか。
ようは、これさえやれば、このとおりにやれば、、、ということ。
感じて、掴んで、一緒に進まなければ、成功しない。大事なのはあり方なのに。。。
そのあり方をありったけ書いたけど、これさえやれば、、、にはできない。
あるいは、体の使い方も、「こういうカタチ」じゃないのですね!!そこが決定打です。

運動指導者として、誇りを持ってお断りしたのをはっきり覚えています。

じゃあ、どうすれば、、、
でも、自分の価値を下げるやり方はしたくない。
きっとあるはずだ、自分の流儀を貫くやり方が!!

いや、その前に、今いるお客様に最大にもてなしたい、それが原点。
そう思って頑張ってきた。それはこれからも変わらない。
しかも、うちは「なまみの重り」を扱わなければ、ほんとうの動きが実現しない」もの。

数年前、ある施術家(同じ考え方の方)が私のトレーニングを受けられました。
その施術家は、私のことをこう思ったそうで、それは、
「うちらは施術仲間とアイデアを交換したりして、束になって生み出してきたけど、
武田さんは、たったひとりで生み出してきた。これってすごい」と。

でも私からすれば、あんたらこそすごいよ、って。

だって、
「あんたらは、運動実践者じゃないでしょう???」
論理だけでよく、運動を引き出せるねって。

運動実践のすごいところは、そういうことで、そういうところで。
もちろん、それなりの感性は必要だけどね。
でも、実践ありきじゃなければ、舵取りが大変ははず。

でも、運動実践で生み出した俺のやり方は、お客様にとっても「本人が生み出したもの」
そこが「俺の誇れる部分」かな???
発明者が俺のようで、あんただよ!って。

しかも、ほんとうのせんせいは、「重り」という「自然物」であって、
その「自然物」は、いっぱい知恵を育んでくれる。
それが、身体からも発生してしまう重力(じゅうりょく)という出力だったり、
重力を受けたからこそ自然発生する浮力であったり求心(軸に寄る感じ)であったり。

ロルフィングもそうかもしれないけど、解剖学とかいっぱい考え抜かれたものだと思う。
でも、うちは、実践感覚で、身体のパーツが「あるべき場所」へ行ってくれ、
身体の動きが「あるべき動きへ」なってしまう。何もあれやこれや、、、と意識しないのに。。。

だから、姿勢がいいけど、意識して作ったものじゃなく、意識しなければ乱れるものでもなく、
そこがうちのいいところ。
動きもそう。ようは、、、自動化する!!

でも、、、これさえやれば、、、とか「スクワットをこうやりさえすれば、、、」なんていえない。
いえ、、、スクワットじゃなくても、いい。
どれをやっても、、、その運動そのものが他の運動に通じちゃうから。アバウトでもあるし、でも。。。

ただ、、、先をこされたかもしれないが、同じような考え方のものが出ているのは、嬉しい。
だって、、、、俺のやり方が正しかった!って照明してくれたようなものだから!!
そう前向きに捉えたいし、そういう人らとつながってみたい、とも思う。
そして、「俺は、ウエイトトレー二ングでそれに似たようなものを生んだ」と胸を張りたい。

そう、、、自然物こそ、いちばんの自然だし、、、

俺の師匠は、、、ナンバーワンだから。




そうそう、、、重力だけじゃなく、時間(ながれ)とも調和しています。
これも、、、、自然物の教えさ。。。
そもそも、、、身体の使い方って、身体をいかに使わないか!!だからね!!

この閾値は、きっとうちだけ。繕っても自然にはならないさ。
うちは、余計なものを剥がしていって、子供に帰るもの。
本人さえも知らなかった自分らしさにであうものだから。そう、、、動きには「絶対音感」があるのさ。

でも、(その周囲の速度に)ちょっと焦ってたけど、
それでも、数年後になりたいことさえ決まっていれば、
今は、今やるべきことをしっかりやることが、一番の近道、って。自分を落ち着かせています。

繰り返すけど、自分が正しいと証明してくれたことを勇気にしたい。



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