あえてここがどこなのか、は申しません。
ただ、人の手が着けられない自然であること。
ここしかない、かのような風景だということだけです。

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せせらぎだけではなく、断崖、岩肌がとっても素敵なんです。
いえ、せせらぎを聞きながら、上を見るのがいいんです。
せせらぎというBGMで岩肌を見るのがいいんです。


もちろん、そこへ行くまで(車で行きました)の景色こそすでに日常を離れ、
普段(人生を)歩いてる延長線にはないものでした。
車を降りた瞬間から、音から違ってましたし、その空気も違ってました。

自分のハート次第で、気分はいくらでも変わるだろうけど、
自然が何かをしてくれるわけじゃないけれど、
でも、、、その自然に触れただけで、どんどん自分が変わっていく感じ。

あっちの見どころ、こっちの見どころ、、、
自分の車なので、好き勝手に行ったり来たり、、、
何度も堪能した。何度も素敵な気分を味わった。

そうして夢中になっていくにつれて、ずっとそこに居たくなる。

だんだん、帰りたくなくなってくる。。。

自分はいわゆる「お仕舞」というか「終わり」というか、
そういうのが、すっごく悲しく感じる人で。
だから、けっこう長くそこに居た。離れたくなかった。

ただ、、、なんだかいっぱい栄養を吸い取れたことが嬉しくて、
「ありがとう!」「ほんとうにありがとう!」
って自然に話しかけてた。誰も見てなかったから、素顔のまま表に出してみた。

するとどうだろう。。。

ほんとうに離れたくなかったはずが、、、完全に満たされ、、、
もうそのときには、後ろめたさもなく、むしろ、何だろう。。。「スッキリ」した感じ。
決して、諦めとかじゃなく、、、気張った感や気負いとかでもなく、やせ我慢でもなく。。。

ただ、、、自分のなかで、何かが満たされたんだと思う。

いつもだったら、行ったその日にブログに書いてたんだけど、
その日はパソコンも見ず、テレビも見ない。そんな日にしました。
で、今ごろ書いています。今も、すっきりしてます。

そこでふと思ったのが、俺の仕事。

俺の仕事は、お客さんにトレーニングを教えること。運動効果を提供すること。
トレーニングだけなら、一人でもできる。たしかにできる。
でも、それでも自分が必要なのは、「日常を離れること」にあるんだ、と。

「これまで味わったことのない感触を味わって、楽しんで、奇跡を起こすこと」

たしかにうちは、世間一般では考えられないような発想ややり方。
でも、だからこそ、自分が自分として「自然」であること。
たとえ遠回りだったとしても、築いた自然を伝えることで、いつかわかる日がくる。

ありふれた日常でそれをノルマみたいにこなすのも、ひとつ。
でも、日常を離れることで、その人すら知らなかったその人らしさが発見できたりしないか。
科学的根拠を超えた、自然的な根拠。摩訶不思議。そういうところに、豊かさがあり、
自分が求めてきたのはそういうことで、提供しているのはそういうこと。

さっきの写真のその自然風景は、若い頃から好きでした。本能で好きだった。
今振り返れば、自分は、そういう部分をいつしかヒントにしてきたのだと思うし、
この仕事に愛を感じ、夢を感じ、豊かさや幸せを感じる理由だったと思う。

自分の原点は、そこだった。

小さくてもいいから、隠れててもいいから、今あるその仕事に幸せを感じ、
自分の流儀で過ごしていきたい。いや、そうすべきだ!
時に、日常を、離れてみる!!そんなトレーニングやそんな仕事でありたい。

そして、楽しさや豊かさいっぱいだから、終わるのが恋しくなる。
そんな風でもありたいけど、「ありがとう!」の一言で、元気ある日常へ帰っていける。
テーマパークのような夢の国や希望の国。でも、そこから離れても、、、みたいな。

そんな夢の国や希望の国を支える自分でありたい。



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