じつは私のなかでは、もう12年以上も当たり前になってることがあって。。。
それは、、、

力が入れば、ぎこちない。力を入れないほうが、動く
力を入れない・力が入らないのが、自然で当たり前!
力を入れる・力が入るほうが、逆に不自然で、機能しない!
力を入れない・力が入らないからこそ、どこまでも可能性がある!


これは数年前の私の動画ですが、
着地したときなど、どこかに力が入らないのが自然で、それが当たり前になっています。
だから、、、跳べるような気がします。

サボり症(笑)のため、一度しか跳びません。。。瞬き厳禁(笑)
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こちらは半年近く前。
踏んだり蹴ったりしていないし、足などどこにも力を入れてない感じです。

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私がいいたいのは、、、
運動は、力を入れないから、できるのだ
身体は、力を入れないから、機能するのだ

ということ。



もちろん、ウエイトトレーニングも一緒で、これはいちスポーツです。
力んでやってたら、身体は作られますが、機能しません。

むしろウエイトは、力を入れてはいけないし、入った時点で、動きのミス。
入らない・入れないからこそ、出力が出ます。
また、姿勢やバランスも、そうやって築かれます。

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そもそも、、、力が入っていたら、スポーツできません。



でも、ほとんどが、「(力を)入れたい目線」だと思います。
だから、、、その出力を得ようと、頭の計算だけで判断します。
その筋力を強化しないと。。。みたいに。。。

でも、、、脱力したほうが、圧倒できるのです。それこそ、ほんとうの体力です。

なのに、、、筋力が足りないなどと、ますます力ませることを欲するのです。
そして、計算してしまうのです。脱力が答えなのに、力ませる数値ばっかり追いかけて。。。
こういうのを、官僚的といいます。賢そうな分析に見えて、じつは稚拙です。
でも、うわべの妙な説得力にだまされます。そうやって、同じ過ちを繰り返すのです。

どこかで、観念しないと。。。

当然ですが、入れない目線だと、無限の感じがしますので、
うちでは、そうやって、数値以上の実用性をかなえてきたわけです。
もちろん、、、凝りもなし、怪我も激減。ま、、、当たり前ですけどね。。。脱力できてるんですから。

その理想の脱力を「重さを受ける」ことで、「脱力」を「自動化」させます。
冒頭でも申したように、

力が入れば、ぎこちない。力を入れないほうが、動く
力を入れない・力が入らないのが、自然で当たり前!
力を入れる・力が入るほうが、逆に不自然で、機能しない!
力を入れない・力が入らないからこそ、どこまでも可能性がある!




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