先日の記事(求心)を一部加筆しました。

そのきっかけですが、、、

軸の挟み込みが自動化した体。今度はそれをあえて確認してみたら、、、、
歩くのが、走るのが、自転車漕ぐのが、、、あまりにスムーズで。。。
無駄な上下動もなく、踏んでしまう。蹴ってしまう感じもなく、落下と浮上もちゃんと両立してるやん。。。

腰も妙に入るし、
ただ、その歩み寄りも、一応、上部から挟んでいる感じですね。
それだけ「鉛直」が当たり前になった体ですから。力みは厳禁です。

求心も、結局は、前後でいうならば、5:5で求心しなきゃ。
(これが、時間とともに4:6や7:3とかブレまくってては、話にならない)
こういうことも、鉛直が自動化しているからこそ、叶うことだと思います。

「鉛直の自動化」、進化して「高さが変わらない、という、落下と浮上の共存」
この習得も、必要。
でも、、、求心と鉛直、どっちが主か???って聞かれたら、、、

今の私なら「求心(動作)」って応えます。

その補助として、鉛直を刻むことがあって、
鉛直だけでは未完成で、完成するには、求心が必要。いえ、求心の自動化だと。
さらなる追求はつづく。

【加筆】さらに言及しますが、、、
「求心が叶う=軸になる」ってことですから、
「軸になる=重りになる」ってことでしょう???

「重り=落下も浮上も伴った、高さが乱れないもの」なわけで、
やはり、最終的には、、、求心だけで、鉛直も含まれるはずなんですよ。
きっと。。。




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