以下はあくまで動画であって、静止画像ではなく、動作のながれを見て欲しい意味合い。
ですが、今回見て欲しいのは、動画のその表示画像です。
(ただしあくまで、ながれの一部として、見て欲しいのですが)

静止画像ならでは、ありえないバランスしてると思えませんか???

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この動画表示なんかも。
でも実際には私は無自覚で、後から見て、自分がいちばん驚いています。

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さて、話を主旨に持っていきます。

静止画像はあくまでながれの一部ですので、そこを真似ても意味がないのですが、
ながれとして、ようは「前へ進もう」としているわけです。
その結果、たまたまその静止が、そういう状態だったわけです。

しかし、たとえば歩行でも、後ろ側に体重が乗ってたりしてたり、まっすぐ固まっていたり、
これは「動作のバランス」「前に進むときのバランス」ではない、ということ。
人は、自然に、比重を、変化させるもの。

ウエイトでもそうですが、私は基本、固めていません。
つまりこれは、いつでも変化できる余裕すら持たせている、というか、
「静止=固定」ではなく、「静止=四方八方への揺れや崩れが均一」ということ。
だから、静止。それが、静止。「静は、動なり」ということです。

でも、実際に動作になってしまえば、揺れたり崩れたりするもの。そこで調和されるもの。
これは、言い換えれば、
「そのながれにおいて、もっとも落ちやすく、浮きやすい」
「そのながれにおいて、もっとも重力を受けて、浮力を拾いやすい・加重しやすく、動きやすい」

ですので、その動作こそ、動かそう!じゃなく、そのながれにおいて静止のように加重できてている。
ようは、「動は、静なり」ということです。

私なんかは、
ぎりぎりまで「崩したり」、ぎりぎりまで「着かない」のです。
これが自然で、それが自動化しています。

これを言い換えますと、、、

「着かない状況=すでに着いている状況」

ようは、「ワンテンポ早い」というながれ。

ですので、「早さ」という観点からも、「重さ」という観点からも、一致するというわけなんです。

さらに付け加えますと、地面がなければ、人はどこまでも落下する。
着くことが基準ではなく、滞空が基準で着くことがある。
その「滞空落下」の状態でもっとも心地よく加重できたりするそのながれが大事に。ようは、崩れている。
クリーンやスナッチなどが、ここでも意味をなす。(固めない揺らぎの)滞空を作るわけですから。



堅物のようになって、安定さえすればいい、とばかりに固めていては、動きに対応しきれないし、
「そうやって動きにも対応しきれない=動きのなかで安定していない」ということでしょうし、
固まった選手が当たり負けする理由のひとつかもしれませんね。

ながれに応じた重力感知や浮力の拾い方、ようは、調和とリラックス、臨機応変な機転が大事。
いえ、、、自然さが、大事。

でも大雑把にいえば、
「坂を下る感じ」
ですね。静止ではたまたま(坂の傾斜がゼロで)平地になってるだけのことで、、、という感じ。


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