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早くも「#2」となってしまいました(笑)。

「動きの絶対音感」とは私の造語で、しかも、実感から沸いてくるありのままの声です。ひとことで、「こうとしかならない」って揺ぎ無い動きの感覚を持っていて、わずかな違和感にも敏感に気づくもの。違和感があるときとは、ずばり「わざとらしい何か」が動きで起こってしまったとき。

ただ、、、そもそもうちのトレーニングを経験していない方は、「わざとらしい動き」すらわからないものなんですね。私から見れば、大多数のトレーニングがわざとらしい動きに映ります。あきらかに、やっているのですから。力むようなことを。ブレーキがかかるようなことを。負担がかかって過剰に苛めてしまうようなことを。

うちのトレーニングで、何が良いのか、って、続けると、今まで気づきもしなかった「わざとらしい動き」がどんどん消えていき、力めなくなっていき、余計な大人さがはがれていき、自然になっていき、素顔やありのままに出会えることにあります。

結論として、、、「重り」は完全な「自然物」。
ウエイトトレーニングとは、身体をその自然物に歩ませる学ばせることで、
身体をどんどん自然にしていくもの。


だから、「余計な何かがある」=「不自然」という公式が成立します。
これが、私が感じる「動きの絶対音感」の公式です。

その具現化として、、、
「重り」が持つ「重さ」に学ぶこと。
「身体も重さになること」「体だって、重さでしょう???」それを体で思い出すこと。
(力で挙げていては、いつまでだっても、このことが会得できないのです)

その重りの特性は、重力ですので、落下します。上から落ちます。
でも同時に、(滞空落下状態なら)浮力も働きます。天から浮きます。上から浮きます。
両性を持つその重りに歩み寄ること、その特性を身体で体得することが、ウエイトトレーニング。

やがて身体も、体という重さになっていき、浮くことや落ちることなどが自然にもなる。
(空は飛べませんが・・・)

力を入れて(力んで)動きの邪魔をしなくなっていくし、浮上するからこそ落下も強くなるし、
その浮上にアシスト感さえあり、関節は円運動しかしないので、より動きやすくもなる。
浮上も落下も、鉛直垂直方向なので、軸にもなる。固める必要など一切要らないのです。

風穴を通るようなすかっと感!
アシストを受け、すいすい動ける感じ!
脱力してるのに、なぜかかみ合って、伝わっている!

ドストライクというストライクゾーンの中のドストライク。そこしかないって感じ。
この心地良さへ「導かれる」もの。それがウエイトトレーニングのあり方。
意識だらけで感覚もバカになってしまうのではなく、
意識を解くぐらいだから、無だから、逆に「変な動き」に気づくもの。アシストの阻害にも気づくもの。

「アシスト感+リラックス感」というか、絶妙な心地よさ。
これは、体が欲しがっていた動きだと思うのです。それが「重さ」じゃないかって思うのです。
そして、行動を誤らなければ、この「絶対音感の領域」に到達するものだ、と思いますし、
それがほんとうの意味での「体のしくみ」ではないか、と私は結論づけています。



動きの絶対音感#1はこちら




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