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失礼しました。。。笑


って、過去に数回出てきた動画ですが、
動画タイトルにあるようなことが動きの要点ではあるのですが、
追加しますと、、、

「動きの出所とかメカニズムとかが、肉眼では見えない感じ」

が理想で、肉眼どころか、内観でも見えない感じが究極です。
私の持論では、動作に「癖づけ」が「不要」としていますが、
「癖づけ」は、「する」ものではなく、「なされてしまうもの」だと考えているからです。

動画のようなジャンプ動作だと、3関節の伸展とか連動とか、そういった(私にとっては)わざとらしく感じることではなく、「足でキックしていない」というか、「足」とか「脚」とかって感じでもないし。ただただ「浮上」するから「加重もしている」。身体の軸も、固めて作るもの、意識して作るものではなく、余計な動きがなくなること、自然化の勲章として軸があらわれると思うのです。

繰り返しますが、、、わざとらしさが、ない!!

いえ、私から見れば、
連動やら出力やら何やらが見破られる動きはすべて、わざとらしい動きです。

その「わざとらしさがない」という主眼で、さらに話を進めますが、その浮上も、身体を意識するのではなく、余計な関与がなくなることで、無になってしまうことで見えたひとつの光が「浮上」であって、脱力のその先が、浮上。自然が深まれば、浮上になるものだと私は感じています。あとは、関節は円運動をしてくれますので、うまく辻褄があってくれて、動けるのではないか、と。

しかも、その「余計な関与」がなくなること。「浮上」が「自動化」することは、
「重り」が「教えてくれる」
ウエイトトレーニングで大切なことは、
身体をどう動かすか、にあるのではなく、重りがどう動くか、にあります!!


ですので、身体は忘れ、重りが落下しつつも、浮上を拾えれば、、、
身体にもその知恵が勝手に刻まれます。
ですので、うちがやってる動作改善や体の使い方の学習は、「身体をほぼ見ていない」

強化(ウエイト・重り)で身体に勝手に刻まれ、どんどん余計な関与が消されていきます。
動作(スポーツや日常)で「余計な関与がなくなったこと」や「浮上の知恵」が勝手に活かされる。
ですので、頭では、、、ほぼ、、、見破られない感!!

ここでこういう質問を受けそうですが、

「じゃあ、、、できたかできなかったの判断は???」

って、勘の良い方なら思いますよね!!おかしな質問だな~って。
なぜって???
だって、まだそこまでして、「身体」を見つめてるから。
だって、まだそこまでして、「わざとらしさ」を求めているから。


ようは、できなかったのなら、身体への関与があるってこと。
つまり「余計な感覚や意識」「余計な使った感」、いえ、「わざとらしさ」があるってこと。
力も抜けて、どこか神がかったアシスト感がある、そういう感じなら、ほぼ正解だと思います。

引き上げるのではなく、浮くわけですから。

その「浮く」が、「浮かせる」でもないのですから。

ただただ「脱しているだけ」なのに、、、「浮いちゃってる」って感じでしょうか。
それ以上のことは、何もわかってない、って言い切れるぐらいが、私はちょうどいいと思います。
そして、見本を見せるときも、そういう見本でありたいって常々思っています。



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