たまには、うんちく交じりで砕けた感じなのも、、、と思いまして。。

じつは高校では、一年だけ在籍していた陸上部員でした。
陸上部をやめてからのほうが視野が広がり、こういう業界へ進むきっかけにもなったのでした。
と、あらかじめ前置きをしておきますね。

そうそう、黒船というべき現象(?)は、陸上界にもあったんですね。

「足は前に振り出すな」(当時は足は前へ振り出せ、だった)
「ももは、降ろすほうに意味がある」(当時は、膝高く、腰高く、とうるさかった)
「真下に、足をプッシュしなさい」(足は手前から地面を引っかくように、でしたからね、当時は)

そういえば、骨盤の前傾というか、立てるというか、背骨もまっすぐ、
昔に比べて今の選手は、見た目が美しくなったと思います。
昔にタイムスリップしたなら感じただろう、「海外の選手みたい!」って。

でも、そういう輸入ものも、そこにはやはり「行間」というものがあると思うのです。
あるいは、「原因」と「結果」があって、
「結果」で起きることを「原因」だと思ってしまうと、大きな落とし穴にはまる。

結局、重力に素直であればあるほど、身体はまっすぐになってくれるわけで、
固めてまっすぐ、意識させてまっすぐ、ではない、ということ。
しかも、重力に素直であるということは、そのうわべにあるのではない、ということ。

「プッシュしなさい」
「真下へ」「前に振り出すな」

昔の人は、これに大きな衝撃を覚えたものです。
私は陸上にあまり深入りしたわけではなかったので、そうではなかったのですが、
でも、この考えに強く影響を受けた「ひとり」です。

ももは、上げるのではなく、降ろすほうに意味があるし、
強く降ろすためのもも上げ、でもある。
そう述べれば、いたって普通ですよね。今でもそう感じます。

でも、最近では、
これでは行間を読めていない
って感じるんですね。

だって、もも上げしたほうが、強い加重になっているから。
あるいは、浮く感じのほうが、踏めてるから。
ブログでは何度も触れているように、浮力を伴ってこそほんとうの重力感知。

先日述べた「けんけん」の話などでもそうでしたが、
「強く踏むこと」にあるのではなく、「強く浮くこと」にあるのです。
「真下真下」という呪縛に、黒船に、私はずいぶん陥れられたと今では思います。

でも、「力ませて真上」ではない、のです。
これでは硬いファンクションになりかねない。
でも、てっぺんから、浮くものなんです。エレベーターで下るみたいに。

ただ、もっと便利な方法があって、、、

重りは、浮くのです。それを味わうのです。身体も観念して浮くことがわかります。
身体を見なくとも、重りを見るだけなのに、、、身体に知恵が刻まれる!!
つまり、、、、正しいウエイトトレーニングをやればいいのです!!手っ取り早いのです!!
浮くほうが、普通だ、と。(でも、空は飛べませんよ、もちろん)

だから、ももだけを浮かすわけじゃなく、肩もなで肩のまま浮くし、上体も全体も。
でも、力ませたりするのではなく、「浮く」
その感じをつかめる「ウエイトトレーニング」

「筋トレ」ではなく「ウエイト」

ということなんです。



と、こんな感じで、黒船からの脱却、というわけなんです。。。

以上、、、、ちいさなうんちくでした。



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