自分が持つパーソナルトレーナーの資格は、アメリカのものです。
日本語で試験を受けて、合格して、アメリカ本社から認定されたもの。
ガイドラインもアメリカ生まれ。機関誌も和訳されたものですからね。

フィットネスの先進国としてのアメリカ。そういえば、エアロビクス(ダンス)が始まったのもアメリカ。
アメリカの影響や存在は、たしかに大きい。
でも、歴史という点ではどうだろうか???

ウエイトなどは古代ギリシャやローマあたりに遡るはずで(すいません、、、アバウトで)
ヨガもインド。
日本だって、、、武道や舞踊など。相撲だって。。。
アフリカ人の身体能力。ジャマイカ陸上界の台頭。ロシアだって。。。

近年は何でもかんでも「アメリカ生まれ」という雰囲気を感じる。
それ自体が良くないとはいいません。
でも、フィットネスやトレーニングの先進国は、アメリカだけじゃなく、
ほんとうは「すべての国々が」先進国ではないのだろうか???

とくに自分が取り扱う「ウエイトトレーニング」では、
近年のあまたの情報が、どうも理屈先行にしている気がしてならない。

自分の話で恐縮だが、高校生のころ、
体育科の生徒と普通科の生徒では、同じ「重りを扱う運動」でも、「呼び方」が違っていました。
体育科は、「ウエイト」と呼び、普通科は、「筋トレ」と呼んでいました。

なんとなく、このニュアンス、伝わりませんか???
ちなみに私の脳内でこれを整理してみますと、こういうふうにろ過されていきます。

「ウエイト」と呼ぶぐらいですから、「重り」を差しています。
「重り」を差すぐらいですから、「調和」や「センス」を差しています。

「筋トレ」と呼ぶぐらいですから、「筋肉」を差しています。
「筋肉」を差すぐらいですから、「解剖」や「研究」や「理屈」(「オタク」)を差しています。

私は、どんな人にも、人種関係なく、調和する能力が備わっていて、
そういうことは共通するものだ、と認識しています。
ましてや「重り」は「自然物」です。重力を受け、重力を感じ、結果、浮くことにもなる。
重力という理屈じゃなく、受けたことで、逆らわないのに思考が叶うかのような「調和」

そう考えれば、アメリカだけじゃなく、世界中が先進国じゃないか???

と、グローバルなことを考えておりました。

ただ、和風とか東洋とかそういう偏りで、「ウエイトは西洋的」っていう表現は、
便宜上そう表現することはあるも、
そうやってトレーニング離れしてヒーリングばかりにいくのは、残念なことです。

内(うち)を感じる、のも、私は「ほどほど」にすべきだと思いますし、
内を感じてばかりだと、それこそ「筋トレ」になります。
「筋トレ」を避けて、「筋トレ」をやるようなもの。

感じるのであれば、何の予告もなく感動したりするような、そういうのがいいですね。

ウエイトだって、そういうものなんですよ!!

うわ~!!めっちゃ軽い!!みたいに!!
これで動けるの!!みたいに!!



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