いくら説明の仕方を磨きかけても、やっぱり私は、こうなってしまうのです。
これ以上の説明法は、ないのです。
「重りは、ね、、、浮くんですよ:笑」(ルンルン♪)

そう、、、力で逆らって、力んで、頑張って、「挙げる」ものではないのです!!
神経系で工夫したり、連動を駆使したりして、「挙げる」ものではないのです!!

浮いてくれるのですから。

そこにプロセスや理由付けは要らない。エレベーターで降りる際がそうですから。
重りというより、物体すべてが浮くのです。
ただウエイトのように重りを扱う場合は、体を見ず、重りを見たほうがいい。

我々は基本、落下をしており、重りは、浮いてくれるのです。
そもそも、頑張るものではなく、叶ってるぐらいのものだったのです!!
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あとは、そのアシストを、指導で私が行っているわけです。
そう、、、浮くことを「信じる・信じない」というあいまいなレベルから、「知る」という閾値へ!!
浮くことが、当たり前になる。

電気と一緒で、
電気が流れていることが承知の事実で、コンセントに差し込めば電気機器が使えるわけで、
電気が流れているかどうか、って信じる信じないレベルではないわけでしょう???

浮く動きになってしまうと、周囲でささやく「股関節?体幹?おなか?連動?」って白けてきます。
知的に思われるかもしれないことは、我々には、ばかげて見えるわけです。
そんな感覚こそ不要で、感覚なきままにできてしまう。動けてしまう。それが当たり前。そういう閾値。

快適に動くことがきてこそ、ほんとうの充実。
要らぬ負担を避けて、正しく充実しましょう。
だから、、、
体が変わるのです!!実用性が芽生えるのです!!壁を越えられるのです!!


でも、見ればほとんどの方が、できていません。

でも、小さなきっかけで、誰でもつかめると思います。

運動中。運動後の感じがまったく異なります。ラクなんです。だって「浮く」のですから。
頑張って逆らうために鍛えている、なんて、ぜったいもったいない。
だから、、、しんどいんです。だから、、、負担が大きいんです。だから、、、動けてないんです。

じつは、重りを扱うって、すっごく楽しいことで、動けすぎて快適だから気分もよくなるんです。
しかも、からだじゅうが軽く感じ、やわらかくなり、動けるようになる。整ってくれる。
下手なコンディショニングよりも、はるかにコンディショニングになってしまう!!

味わった人にしかわからない話ですが、
だからこそ、あえて、申すのです。



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