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たとえば、針の穴に糸を通す際。
普通は、針の穴と糸の先端を見るはずで、自分の指先やその感覚、などは見ないはず。
たとえば、重い荷物を右から左へ運ぶ際。
普通は、荷物を見る、荷物に注意を払うはずで、自分の姿勢や筋肉などはあまり見ないはず。

たしかに、最低限の姿勢などは必要かもしれません。
でもそれも、結局は、「重りに自分を歩み寄らせること」であって。
あとは、「浮く重りを見る」「浮く重りに注意を払う」だけだと思うのです。

でも、こういう思考回路になったのも、すべては「自信」が元です。
「自分を信じられること」が原因です。
「自分を信じられる」から、自分の体への意識」ではなく「自分への信頼」になるのです。
でも、先に申した刺繍の例では、その自信が自動化している、とも解釈できませんか???

だれしも、ひとつぐらい、いやもっとたくさん、できてたことってあるはずです。
そういう目線って、ときに「狭い視野の専門目線」を超えるときもある、と思います。
いえ、専門分野を見る目線こそ、そういう広大な視野である一般目線ありきじゃないか。
それがうまいから、その道の専門であり、そういう人種じゃないか、って。。。

てな感じに、ここまで一気にまとめてみた。



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