2015.11.18 原点
人を変えることは、できませんが、

人を動かすことは、できますし、してきたのです。




それが「コーチ」として「当たり前」のようにしてきたことだった、とはっと気づいた瞬間があって。。。
今ではすっかり「必殺技」を売りにしているように映るかもしれませんし、そういうブログ内容に映るかもしれませんが、実際に現場では、その「必殺技」をさほど教えていないぐらい。

たしかに「基本」は伝えます。ただその「基本」では、「主観」を伝えます。
主観では、「こうすれば心地良い」「こうすれば、不快だ」ということを見本でお見せする。
あとは実際には「対話」でしかなく、「誘導」でしかないのです。
対話では、「こうしなさい」ではなく、「こうなってますけど、何か???」と理由や過程を聞こうとする。

それだけ自分目線では気づかないぐらい、相手の方もそれだけの人生や経験をしてきています。
そうなるにも、理由があります。それだけのがんばりやこだわりもあったのかもしれません。
だから、そういうことを問うのです。

そのうえで、
「じゃあ、いちばんやりたいことは」「いちばん望む結果は」
に一緒に話が弾めば嬉しい。また、相手自身で気づかない「できていること」を伝える。


指導の原点は、あら捜しにあるのではなく、
人を認めることと、その長所探しにあるからです!



このブログでこれまで書いてきた動作論は、
「自分はできるもの」「もともとはできるもの」
が基準であり、そこへ誘導する「自然なもの」だったのですから。。。



ほんとうは、ブログで書くようなことは、体でわかれば不要な話。
ある意味、紹介目的で書いている。でも、これを強制したり、できないことを指摘したりはしないのです。
「(あなたはできる人のはずなのに)こうなってますよ」とか。ようは、主体は「お客様」なのです。
そして、自信を持っていただくアプローチが、偽りではなくとても自然なものだからです。

実際にこの「必殺技」が誕生したのも、「私が、重りに、コーチされたから」なのです。
そうして、「私の主体性」が引き出された結果だったのです。自信の回復というか。
もし「こうしなさい」ばかり言われていれば、絶対に自分は、変わらなかったと思います。
私は、「動かされた」から「変われた」のです。いえ、取り戻せたのです。

このことで懐かしい思い出があります。2001年10月、パーソナルの資格試験を受けに行ったときのこと。以前も紹介したと思いますが、勉強道具一切持たず、手ぶらで行ったんですんね。だって、これは、「パーソナルトレーナーの試験」。たしかにマークシートの試験ですよ。でも、「資質も試されてる」と思ったから。「直前になって慌てふためくようなトレーナーに、見てもらいたいと思う人がいるだろうか???」。それが「手ぶら」で行った理由です。それだけ「お客様(いませんが、いてるものだと思って)を主体」に考えていた自分の誇りでした。でも嬉しかったのは、その試験問題が、マークシートだったにも関わらず、良い問題で、「まるで現場でほんとうに指導をしている想定」の問題だったので、「受けてて、解いてて、楽しかった」んですね。合否関係なく、試験が楽しかったんです。現場みたいで。14年も前の話ですが、そんなことを思い出しました。

人を変えよう、とすると、理由なしに強制だったり、人格まで否定してしまうようなことになったり、、、
でも、人を引き出すことは、こちらも楽しいし、受ける側だって???
ましてや、自然は、人を誘導する力も持っている。それがウエイトトレーニングでしょうから。。。



それが自分の原点。


「必殺技」は、私だけのものじゃなく、気づいたときには、あなたのものになっている。
そうありたいものですし、これからもそうしていきたい。
だって、すべての人は、ほんとうは「できる人」だからです。


少しずつでも良くなった部分を見つめる自分でいたいし、年々そういう部分が見れるようになってきた感じでもあります。自分に厳しい人は「まだまだ・・・・」といいます。それでも私は、褒めます。そして、じゃあ何が理想なのか、を問います。それに相手が応えていく過程から「その人の答え」が引き出されれば嬉しい。



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