普通は以下のような動作を行う「動き始め」「挙げ始め」は、力が入ってしまったりして、腕やおなかや背中や足などが「ぐっ」「どふっ」とかモーションがおきてしまうもの。じつはこれが、無駄な力。ムダに筋力を使ってしまった証。この目線を頭の片隅に、以下の動画を見れば、「違い」がわかると思います。


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どうですか???
何度も触れている「出だしは、ノーモーション」ということ。
でも「ノーモーション」で「何もしてない感じ」「何の力も入ってない感じ」なのに挙がってしまうのです。

でも、うわべや真似事でやっても、弱い出力にしかなりません。
上の動画では、どうみても弱い出力ではないはずですし、加減などしていない。
いえ、「加減がない=ノーモーションで力感もロスもない」ということ。

さて、主旨に移ります。

私は重力の受け方はそれなりに自信ありますし、運動指導者目線で感じたことを紹介します。
重力事態は、目に映るのは「鉛直落下」です。当たり前の話ですよね。
ただ、この鉛直落下に逆らうように「動かそう」・・・・・これは「ネガティブな執着」
だから負担が大きい。だから、「ついてしまった」のは「そういう使えない筋力」

鉛直落下に従うのは最低条件ですが、それだけでは終わらない感じなのです。


「受けたものにだけ、動きをプレゼントしてくれる」


私の主観では、以下のことが自動化、潜在意識になっています。
それは
「重りに触れば、重りが自分を動かしてくれる」
「受ければ、挙がる」「受ければ、動ける」「持てば、挙がる」「担げば、挙がる」


逆らったものにたいして、罰を与える重力。
でも、友人には、手を差し伸べてくれる。
まるで「宇宙」みたいで。。。


動画では、「持てば挙がる」「担げば挙がる」を表現しました。


そして、日常では、「すでに重力を受けれている」ので、「なぜか動ける」
(感覚的に、自分のリズムを作ってくれる架空の落下物が映ってしまうこともありますが・・・)


以上、、、自由な発想ではありますが、トレーナーが感じる「重力」について、述べました。



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