まずは余談から。下の動画。再生する前の「この静止画像」
じつは自分でも驚いています。「え、こんなに倒れてたの???」
でも、実際に動画を再生すれば、そうでもない感じにも映りますが。。。


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で、何が言いたいのか、ということですが、、、

ひとつめは、「体を意識させて体を倒したわけではない」ということ。
ふたつめは、「固まった立位のまま動いたわけでもない」ということ。
みっつめは、「その静止(立位)こそ揺らぎであり、いつでも比重を変えられる感じだ」ということ。
よっつめは、「動きのそのながれにおける落ちやすい比重を、体が勝手に選んだ」ということ。

意思では、倒した記憶もない。
でも、ながれにおいて落ちる比重を体が勝手に選択した、ということ。
それぐらい、「固まっておらず」「意思が自動化」してた、ということ。

ですので、体のしくみを基準にして、前に進むなら、前傾させて、、、
じゃあ足の着地は「真下???」それとも「後ろ???」
みたいな議論こそ無意味です。「わからなくていい」のです。
だって、「真下やら後方やら、に踏む意識」になっちゃうでしょう???

勝手に「なるようになるさ」ぐらいの大きさやアバウトさが欲しいのです。

そのためにも、落ちること。力みを取ること。重さになること。観念すること。

静止と動作とでは、たしかにバランスが異なります。
しかし、落ちるという主観では、両者は同じなのです。
その動作は、動かそうとした動作ではなく、静止とかわらないもの。「動は、静なり」ということ。

それ以前に、最初の立位が固まってしまえば、無理やり操作しないといけない。
それで、「あの筋肉この筋肉・・・・」とその筋力を欲してしまいます。
動が静である以前に、静こそ動なのです。固まってないのです。
四方八方への揺らぎが釣り合って「静止」してるだけであり、動く準備が万端なのだから。


ついでにサイドへの動画も。たまたまの静止画像も含め、いいたいことは同じです。


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