そうなんですね。。。。
複雑に発展していくのではなく、
その発見でさらに「シンプル」になっていく。

もっと簡単にならないだろうか???
もっと単純にならないだろうか???

私はいつも、そういう追及をしているんです。

分析していくことで見えてくるのはいいのですが、
それでかえって「余計な意識の追加」「余計な注視の追加」になってはいけない。
見えたことさえも、覆い包んでしまう。そういうあり方を求めたいんですね。

最近は「体を入れること」に注目していましたが、
ここでもう一段、シンプルに、単純に、してみようと思います。
未来の発展、ではなく、過去への回帰。いわば、未来よりも古典、みたいな。


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では話を続けます。以下は参考程度にどうぞ。
・・・・・・・




「先の動画」が話の結論になる部分です。
意外にも、身体がちゃんと入って、重りにも歩み寄れていますよね。
私は、動作に大事な要素は、「重さ」と「早さ」だと思っています。

「重さ」になるには、「脱力」が必要。脱していれば、重さになれています。
「早さ」とは、時間のこと。タイミングのこと。無駄な関与がワンテンポ遅らせます。
(時間は常にながれていて、「今だ」と思って今動かした動きは、ワンテンポ遅れています)

重心位置はたしかに後ろ側かもしれません。
でも、その「体への意識」こそ、力みであって、動きもワンテンポ遅らせます。
と、遠まわしに申しましたが、ぶっちゃけた話、、、、

脱力で早ければ、体は入っている。
脱力で早ければ、動けている。


42歳動画、ちょっと硬かったかな~って思ってるぐらいなんですね(笑)
もっともっとやわらかくできるよな~って。。。
もっといい動画にできる!って。(また時間をみつけて撮ってみます)

ウエイトは、重さを受けます。脱力で重さを受けるコツをつかみます。
脱力で重さになるコツをつかみます。
しかも、自動的に、早くもなれています。重さを受けることで、早く動けているのです。
(重りのほうが、後から動くものだから/それぐらいの重りの受け方です/詳しくは現場にて)

なので、普段、重りを扱わない普段なら、スポーツも含めた普段なら、、、

脱力して早ければいいんじゃないの???っていうか。重さと早さは、簡単に叶うんじゃないのって。

それで、「地面に根が生えたような安定感」と「子供のような自在な動き」が両立して、
「安定」と「スムーズさ」という相反するものが叶ってしまう、というか。。。
(その静止は、固定ではなく、動きの一部)
(その動作は、動かそうとした力みではなく、静的なスムーズさ)

ただ、現状でそれがいきなりできる人であれば、きっとすごいアスリートだと思いますし、
私も「教えることがありません!」「そのままでいてください!」としかいえません。
でも子供のままその能力のままで大人になれるケースは少ない。
だから、私の出番・私の活躍どころなんですね。

以上、、、、

やはり自然さがいちばんなんでしょうね。。。

頑張って、行き過ぎちゃったとき、
立ち返れる場所があるって、すばらしいことだと思いますし。
長く続いているお客様へも、そういう対処を中心にしている感じです。



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