落ちてさえいれば、、、もう“真下へ!”は要らない

先日の記事を補足する内容です。
もっとも良い動きとは、自然な動きのことになるのですが、
あえてひとことで言いますと、、、、


次やる動きを、今やること


これが究極の動きであり、自然な動き。歩行などは顕著でしょう。。。

これはまるで、
先に願いを届けたら、それが叶いますよ。みたいな話と一緒で。
先に「こうなりたい」を想像すれば、それが創造されますよ!!みたいな話で。

でも、力んでいては意味がない。こういうことが「脱力しつつ落ちること」と一緒に伴う。
ようは、脱力すれば、重力を受けやすい。落下しやすい。このことが伴ってしまう。
これが「(ただしい)ウエイトの運動効果」(筋トレではなく)

こういうおまけがついてきます。

でもこれまた、、、

願いを信じて叶うと信じてさえいれば、必死に行動しなくても、宇宙が叶えてくれる、みたいな。
そういう力みのない感じ、っていうんですか???
そういう「ポジティブ体質」が「ウエイト」で造られるのだと思います。

もうひとつ、、、ロマンある話。

重さを受け容れてウエイトするとき、無意識にやれちゃっているんですよね。。。
先に動きたい動きを今やれちゃってることが。。。
しゃがむ前にしゃがめ、上がる前に上がれている感じとか。。。

だから、、、自然と、、、次やることを今やれちゃてしまう。
ウエイトで重さを受けるだけで、無自覚こんなことが刻まれるのですから。。。
重りと体との「心地良い距離(距離勘)」って、“勘”で“こうやって”刻まれるものですから。


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