スポーツではさまざまなテクニックがあり、
ウエイトトレーニングでも、その多くは、体を主体にした注意点ばかり。
日常動作、たとえば歩行ひとつとっても、体の部位をどう動かすか、という観点。

しかし、我々は、自然の一部。自然から恵みをわけてもらっている。
たしかに結果的に、他動的に、その技術になるのなら、ぜんぜんいいのですが、
あたかも身体じゅうあちらこちらをあから様に意識して動くのは、不自然。

重力を受けたまっすぐな自然体。余計な自発がなくなった調和。
たったこれだけで、動きの土台にはなるもの。
すべては、この土台ありきです。

体がまとまらない、膝下あるきになる、
だから、体幹を固めなさい
そうではなく、毒を毒で消すような手法ではなく、

自然を受け容れれば、自前がゼロになりさえすれば、、、

歩行ひとつとっても、ほとんどの人が、足で踏んでいます。
こう申すと、「じゃあ、踏まない歩き方なんて、あるの???」
と言い返されそうですが、踏まない踏み方、というのあるでしょ???といいたいのです。

でもこれを、ようは踏まないために、体幹を意識しなさい、という話じゃありませんよ、ということ。

そういう辻褄や調和がわかるいちばんの手法が、リアルな重りを扱うウエイトトレーニング。
もット踏みしめたり、もっと力んだりするために強化があるのではなく、
動きを自然化、正常化させ、余計な力みを剥いでいくことによって
パフォーマンスやコンディションを引き出すためにある。

その力みやその無理強いがなくなれば、どれほど体が変わっていくだろう。

私が見てるのは、そういう部分。いつもいつも、気づかされるのです。

反対に、そのままでいい!と思える瞬間だってある。子供たちを見てるとき。
あるいは、意外かもしれないが、メタボな中年サラリーマン。
そう、重さがあるおかげで、余計な動きができないのです。歩き方が綺麗な人、たまにみかけます。

機能機能、、、とせっかちになったり、情報へほいほい流されていくよりも、
心にも体にも、少し余裕があるぐらいのほうが、
じつは、動きやコンディションにもいいのでは???と感じさせられることもある。

動きがせっかちなそういうフィジカルじゃなく、
「始まる前から始まっている」「だから、あわてない」
ぐらいのどっしり感が、個人的に好みです。




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