さまざまなコンディショニングプログラム。
さまざまな強化法や動作法。
体の知識を駆使して、
それを元に、組み立てていく。

しかし、我々は、自然の一部。
自然から、恵みをわけてもらっている。
重力だって時間だってそう。

うちらの間では、こんなことが常識になっているのです。
「下手なコンディショニングよりも、正しく重りを扱え」

つまり、自然物であるそのリアルな鉄の塊。
鉄も立派な自然物。
そこから学び、拾い、我々も自然の一部であることを「思い出す」のです。

近代的で科学的なものを、悪く言うつもりはありません。
それで結果も出ますし、
ただ、これらは、どんどん自然から遠ざかる手法。

でも、どこかに代償があったり、
どこか「義務めいたもの」だったり。
一過性だったり。

私がいちばん考えていること。

幸せになること。
幸せになるためにやっているということ。
それ自体が幸せだ、ということ。

何かを犠牲にしてまで、追い込み、苛め抜く。
強化はある程度の負荷がかかるので、
たしかに、まったく苛めないわけではない。

だから、「楽しい行動」であって、単に「ラク」をしてるわけじゃない。
でも、「楽しい行動」「豊かになる行動」であるべきで、
それ自体がとても楽しく、自然体として開けていくもの。

それが、行動や努力のあり方だと思うのです。

これがすべてとは申しませんし、一考として紹介しますが、

重りを友人にしてしまう豊かさ。
そこから得られる「健やかさ」「ストレスフリーなコンディション」「動ける体」
課されるもの、ではなく、恵みをわけてもらうもの。受け容れ、受け取るもの。

トレーニング!!となって気張るものではなく、
知識のお勉強で終わるわけじゃないし、そういう悩みも要らない。
でも、ラクをするわけじゃない。

プロセス抜きに、叶っていくような。
わかる前に、できてしまうような。
そういう自然の対話になれば、いちばん豊かで幸せな行動になる。

そう考えます。

私が述べているのは、

「この筋力を鍛えたら、腰痛が治りますよ」
みたいなハウツーではありません。
大事なのは、「あり方」なのです。

「それ」を見つめるのに、
余計な知識は不要ですし、それがかえって邪魔になる。
余計な筋力も不要ですし、誰でも叶うもの。

運動効果に、才能は関係ないのです。
いえ、あり方に気づくことこそ、才能だと思います。
私も指導者として、あり方に気づいてもらえるアプローチをしているのです。

コーチですから。
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