歩くには、歩くという動作のタイミング。
走るには、走るという動作のタイミング。

でも、ほんとうに機能的なのは、
歩いているだけなのに、
走れてしまう。
そういう適応能力が、大事。

ようは、タイミング事態が「流動的」なもの。
歩くなら歩く、走るなら走る、といったふうに、
“たまたまそのタイミングになっただけ”のことで、
そのタイミングで固定されたわけじゃない。


いつでも変化できる融通。
そのために必要なこと。
私の答えは、もっと自然に委ねるということ。
自然のほうから、力や知恵をわけてもらえてる、という感謝の心。
おかげさま、という気持ち。

その思いが、いかなる動きでもタイミングの合った自然落下となり、
自在性で動けるようになる。
少なくとも、体の比重も、自然に変化もしてくれる
前へ、前へ、という身体意識は、結局ブレーキになってしまう。
ゼロのちからで動けるはずのものに、ゼロ負荷だったものに、
みすみす抵抗を設けてしまい、自分まで大きな力が強いられる。
だから、やった気・頑張った気、にはなる。でも実動はどうか???

変な実感や変な前向きさがあったときは、
少し立ち止まる勇気も必要。
タイミングを作ったり、そういう知恵も、同じこと。
その頑張りや知恵は、ほんとうは、不要のはず。




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