2015.08.10 視線を変える
私はたしかに、運動・トレーニングの専門。
その専門分野におけるスペシャリスト。
だから、そういう勉強や学習をしています。してきました。
一定の基準である国際資格も持っています。

しかし、それだけでは、壁にぶち当たることもある。
マニュアルだけでは裁けないことだってある。
いえ、個人的には、“それがほんとうに好き”だから、
マニュアルも大事だが、マニュアルの“行間”を読もうとするもの。
それが、プロ。そう思っています。

だから、ときには、その行間を求めるために、
異分野から吸収することだってある。
そもそも運動やトレー二ングだって、行動のひとつ。心理のひとつ。
だから、他分野とだってつながる部分もある。
運動だけが特別なんじゃなくて、
たとえば音楽。たとえば芸術。たとえばカフェやその味、接客やもてなし。何でもない日常。
書籍(ものがたり・エッセイ・他分野に関すること)から得るもの。などなど。
そういう部分から抽出されたエッセンス。味わってみて心地良い、と感じたもの。
それが、間違いなく、運動にも通ずる部分があって。

ただ自分の場合は少し違っていて、最初はそういう目線がなかった。
他分野を知らずとも、自分の素顔があって、行間を読むことでさらなる楽しみ方を知った。
変わった考え方、そう思われるぐらいでちょうどいい、とも思っていた。
でもそれが度が過ぎて、そう思わされ、自分で自分を責めそうになった。
そんなとき、他分野が自分を救ってくれた。
最近では、逆に影響をもらっている。
いえ、、、素顔を再確認できている感じ。

自分が興味があるのは、統計上では成立しにくいこと。たとえば、
「筋力値が低いのにパフォーマンスが高い」
「筋力値が高いのにパフォーマンスが低い」
などのこと。多数決で正比例としたいけど、そういう「正比例による見える化」をそっと邪魔するもの。

自分は、そういう「見えにくい部分」を大事にしています。

でも、こうして述べれば、「変わってるジャン」と思われるけど、
他分野のこととを照らし合わせれば、
硬い法則・硬いシステムに無理やりはめ込もうとするほうが、変わっている。
そう思えるし、勇気づく。

ときに視線をずらしてみるのも、ためになる。


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