すいません。。。もう一回、悩ませてください。。。


じつをいうと、、、

落ちる*よりも、上がった*ほうが、、、楽だったというか。。。
落ちても落ちても、、、、上がってしまう、、、というか。。。。
しかも、、、上がったほうが、より落ちれている、というか。。。

*落ちる・上がるとは、私の動作の感覚用語。
 重力を受けて呼吸が合った様を落ちる。
 重力を受けるも、逆らうことなく挙がるのではなく、風穴を通るように上がってくれる感覚を上がる。反力で上がるのでもなく、意思の疎通、動きが叶うような感覚です。


だから、、、、先に落ちるを覚えるのは、正論だと思う。
でも落ちるで終わらない落ち方。上がり方になっちゃうのが、、、いいのかも。。。
いきなりの上がるでは、やはり力むと思うから。。。
まずは「落ちて」「受けて」。次は「上がって」。そこで「いろんな精度」を味わえばいいのでは。。。。。



でね、、、、、重りにはたとえば「天面」と「底面」があるとしようか???



落ちるときって、さ、、、、、、「天面」から落ちるじゃん。。。重力ってそうだから。。。。
でもね、、、、
上がるときって、さ、、、、、、「天面」から上がるんだよね。。。。。それが自然だから。。。

これを「底面から」にするから、誤解になっちゃうわけ。。。。。



あとは、、、
真下に落ちるのが、いちばん「落ちやすい」し、
真上に上がるのが、いちばん「上がりやすい」でしょう。。。。。



走るときは、やっぱり、、、真上に上がるのかな???
なのに、、、進んでいく感じ。。。
もも上げがそういう方向だから。。。そういうメカニズムだから。。。



すいません、、、、、ずいぶん迷っちゃってて。。。。。



でも、、、、、後悔のないように、いいものを求めたい、という、ただそれだけなんです。。。



しかも、、、「限りなく“飾らないもの”」が「いちばん“正しい”」



それが、私の判断基準です。

でも、、、飾ってるって、なかなか判断しにくいでしょう。。。
大人になればなるほど。。。
そういう開拓をうちは、やっているのです。そういう取組みなんです。



結論はこちら

つまり、、、
扱う重りは、、、落ちます。でも重りはたしかに「上がります」。
でもそれは「重りの主体」であって、「身体の主体」ではない、。
まずは、重りと一体化すること。受けること。馴染むこと。

たったこれだけなのに、身体は上がってくれるのです。
重りは落ちます。でも、身体(体重)は(天面から)上がってくれる。
終わったあとなんかは、、、すっごく軽くなって、身体はどんどん上がってくれて、動きやすくなっています。

重りが落ちて、身体が上がる。落ちた重りを受けることで、身体も重さになり、
その重さが主体となったことで、身体が上がってくれます。


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